「約束を守る」経験が育む信頼と思いやりの心 絵本と保育での学び
子供の成長における「約束」の重要性
幼児期における「約束」に関する経験は、子供の心の成長、特に信頼関係の構築や社会性の発達において極めて重要な役割を果たします。約束とは、特定の行動や状況について事前に合意することであり、これを守る、あるいは守ってもらう経験を通して、子供たちは他者との関わり方の基礎を学びます。単なるルールとしてではなく、相手を思いやる気持ちや、自分自身の行動に対する責任感を育む機会となるのです。本記事では、「約束を守る」という経験が子供たちの信頼と思いやりの心をどのように育むのか、そしてその学びを支援するための絵本や保育、家庭での具体的なアプローチについて考察します。
約束を守る経験が育む心の力
子供が約束を守る経験は、多岐にわたる肯定的な心の成長に繋がります。
信頼関係の構築
子供は、大人が自分との約束を守ってくれる経験を通して、大人に対する信頼感を育みます。同様に、自分が約束を守ることで、大人や友達から信頼される喜びを知ります。この双方向の信頼関係の構築は、安心感や自己肯定感の基盤となります。
責任感の発達
約束は、特定の行動を自己に課すことです。約束を守ろうと努める過程で、子供は自分の行動に対する責任を自覚し始めます。これは、後の人生における主体性や自律性の重要な基礎となります。
他者への配慮と思いやりの心
約束はしばしば他者との関わりの中で生まれます。「〇〇君にこれを貸してあげる」「〇時になったらお片付けを始める」といった約束は、相手の立場や気持ちを考慮した上で成立します。約束を守ることは、相手の期待に応える行為であり、ここから他者への配慮や思いやりの心が育まれます。約束を破ってしまった経験も、相手を失望させてしまったという気持ちから、他者の感情を理解する貴重な学びとなることがあります。
自己肯定感と達成感
自分で立てた、あるいは他者と交わした約束を守ることができたとき、子供は達成感や満足感を得ます。これは「自分にはできる」「自分は信頼される存在である」というポジティブな自己認識に繋がり、自己肯定感を高めます。
「約束」をテーマにした絵本とその教育的効果
子供たちが約束について考え、その大切さを学ぶ手助けとなる絵本は多数存在します。ここでは、いくつかの例とその教育的な側面に焦点を当てます。
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『はじめてのおるすばん』(筒井頼子 作、林明子 絵、福音館書店) お母さんからお使いと留守番を頼まれたあっちゃんの物語です。お母さんとの約束を守るという明確なテーマがあり、子供が約束を守る時の心の葛藤や、約束を果たした時の達成感、そして母親との信頼関係が温かく描かれています。この絵本は、子供に責任感を育むとともに、約束を守ることの喜びや、それによって得られる信頼の尊さを伝えるのに役立ちます。対象年齢は2歳頃からとされています。
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『まてまてタクシー』(高畠那生 作・絵、フレーベル館) 時間通りに来ないタクシーを待つ男の子の話です。直接的な約束というよりは、「待つ」ことや「時間」に関する社会的ルールや他者との調整について示唆に富む絵本です。時間を守ること、相手を待つことの重要性、そしてそれによって生じる他者への影響について考えるきっかけを与えます。計画性や、時間に関する他者への配慮を学ぶ上で参考になります。対象年齢は3歳頃からです。
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『約束』(星みつる 作、林桂子 絵、佼成出版社) 友達との約束を破ってしまい、後悔する主人公の経験を描いています。約束を破ることで相手がどのような気持ちになるのか、そして自分自身も辛い気持ちになることを通して、約束の持つ重みや、相手を思いやることの大切さを学びます。約束を失敗から学ぶという視点を提供し、自己反省と次への意欲を促します。対象年齢は3歳頃からです。
これらの絵本は、物語を通じて子供たちに約束に関する様々な状況や感情を追体験させ、約束が単なるルールではなく、人との繋がりや信頼に関わる大切なことであるという理解を深める助けとなります。
保育現場での実践におけるヒント
絵本を通じて得た学びを、日々の保育現場での実践に繋げることが重要です。
読み聞かせ後の対話
絵本の読み聞かせ後は、登場人物の行動や気持ちについて子供たちに問いかけ、自由に意見を交換する時間を設けます。「どうしてこの子は約束を守ろうと思ったのかな?」「約束を守らなかったらどうなったと思う?」「〇〇ちゃんは、お友達と約束したこと、ある?」など、子供自身の経験や感情と結びつけることで、絵本の内容をより深く理解させることができます。
日常の保育における「約束」の意識化
保育活動の中で自然に発生する約束を意識的に扱い、その都度子供たちに声かけをします。例えば、「おもちゃは遊び終わったらお片付けしようね、みんなの使うものだから大切な約束だよ」「滑り台は順番に使おうね、〇〇君が待っているよ」など、具体的な状況と結びつけて伝えることで、約束の意味を理解しやすくなります。
クラスでの簡単な「約束リスト」作り
子供たちと一緒に、クラスで守るべき簡単な約束事を話し合い、絵や記号、短い言葉で「見える化」して掲示するのも有効です。「おもちゃは元の場所に戻す」「お友達に『貸して』と言う」「順番を守る」など、子供たちが理解しやすい内容で作成し、日々の活動の中でリストを参照したり、守れた時にリストを指差して褒めたりすることで、約束を守る意識を高めます。
友達同士の約束のサポート
子供同士で交わされる約束(「一緒に遊ぼうね」「明日〇〇を持ってくるね」など)を見守り、必要に応じて声かけや仲介を行います。約束が守られなかった場合には、一方的に責めるのではなく、「〇〇ちゃん、待っていたかな?」「約束を守れなかった時、相手はどんな気持ちになるかな?」など、他者の気持ちに寄り添う視点を持つように促します。
家庭での実践と保護者への提案
家庭での取り組みも、子供の約束に関する理解と実践を深める上で大きな力となります。保育者は、保護者に対して以下のような視点を提供することができます。
家庭での「小さな約束」の実践
家庭でも、子供と簡単な約束を交わす機会を設けることを提案します。「ご飯を食べ終わったら、絵本を1冊読もう」「お風呂に入る前に、おもちゃを3つ片付けよう」など、子供が達成しやすい内容で、かつ日常的な習慣に組み込みやすいものが良いでしょう。約束を交わす際には、内容を明確に伝え、子供が理解できているか確認することが大切です。
約束を守れた時の肯定的なフィードバック
子供が約束を守れたら、具体的に褒めることの重要性を伝えます。「〇〇ちゃん、お片付けする約束、守れたね。ありがとう、お母さん(お父さん)助かったよ」のように、どんな約束を守ったのか、そしてそれによって周りの人がどのように感じたのかを伝えることで、子供は自分の行動が他者に影響を与えること、そしてそれが感謝や喜びにつながることを学びます。これが他者への思いやりの芽を育みます。
絵本を通した親子の対話
保育現場で読んだ絵本や、家庭で購入した絵本について、親子で一緒に読む時間を持つことを推奨します。絵本の内容について「もしあなたが主人公だったらどうする?」「この時、登場人物はどんな気持ちだったかな?」などと話し合うことで、子供は他者の立場や感情を想像する力を養います。絵本の世界と子供自身の経験を結びつけるような会話も効果的です。
まとめ
「約束を守る」という経験は、幼児期の子供たちの心の成長にとって、信頼関係、責任感、そして他者への思いやりの心を育むための貴重な学びの機会となります。絵本は、これらの抽象的な概念を子供にとって分かりやすい物語として提示し、共感や内省を促す強力なツールです。日々の保育活動や家庭での生活の中で、意識的に「約束」に関する関わりを持つこと、そして子供たちの小さな努力や達成を肯定的にフィードバックすることが、彼らの健やかな心の成長を支える鍵となります。子供たちが約束を通して、自分自身を信頼し、他者を信頼し、そして他者から信頼される喜びを知る経験を、周囲の大人が愛情深くサポートしていくことが求められます。