毎日の食事で育む感謝の心 絵本と保育での食育実践
はじめに
子供たちの健やかな成長には、心と体の両面からのアプローチが欠かせません。特に、幼児期は感謝や思いやりの心の基礎が培われる大切な時期です。日々の生活の中で繰り返し触れる「食事」という行為は、単に栄養を摂るだけでなく、多様な関わりや学びを通じて感謝の心を育む豊かな機会となり得ます。食べ物そのものへの敬意、食に関わる人々への感謝、そして共に食事をする喜びを感じる経験は、子供たちのその後の人生における人間関係や価値観の形成にも影響を与えます。
この記事では、毎日の食事を通して感謝の心を育むための基本的な考え方を示し、そのための効果的な絵本と保育現場での具体的な実践方法について考察します。また、保護者との連携や家庭での取り組みへの示唆も提供し、子供たちの心の成長を多角的に支援するヒントを探ります。
幼児期における食への感謝の重要性
幼児期において食への感謝の心を育むことは、多くの教育的な意義を持ちます。まず、食べ物がどのようにして自分たちの元へ届くのかを知る過程で、自然の恵みや生命のサイクルに対する畏敬の念が芽生えます。農作物や畜産物が育つまでには時間と労力がかかっていること、そして多くの人々の手によって調理され、食卓に並べられていることを学ぶことは、食べ物を大切にする気持ちに繋がります。
また、食事の準備や片付けに関わる経験は、役割分担や協力の精神を育み、家族や友人、保育者といった他者への感謝の気持ちを促します。食事の時間を共有することは、コミュニケーション能力を高め、共に食べる喜びや感謝を分かち合う大切な機会となります。これらの経験は、自己中心的ではなく、他者や環境への配慮ができる思いやりのある心を育む基礎となります。
食への感謝は、偏食の改善や食品ロスの削減といった具体的な行動にも影響を与え得ます。食べ物を粗末にしない、残さず食べる、という行動の背景には、「いのちをいただく」「作ってくれた人に感謝する」という心が根付いていることが望ましいです。
食への感謝を育む絵本の力
食への感謝の心を育む上で、絵本は非常に有効なツールです。物語を通じて、子供たちは食べ物がどのように生まれ、どのように食卓に届くのかを楽しく学ぶことができます。食をテーマにした絵本は多岐にわたりますが、感謝の心を育む視点からは、以下のような要素を含む絵本が特に効果的です。
- 食べ物の生まれ方や成長過程を描いた絵本: 野菜や果物が土の中で育つ様子、動物が成長して食べ物になる過程などを描いた絵本は、食べ物が「いのち」であることを伝えるのに役立ちます。例えば、『だんごむしレストラン』(得田之久 作・絵、福音館書店)は昆虫の食生活を通して生き物と食の繋がりを描くユニークな視点を提供します。
- 料理を作る人々の思いや働きを描いた絵本: 農家さん、漁師さん、料理人、お弁当を作ってくれるお母さんなど、食に関わる人々の働きや食べ物への愛情を描いた絵本は、他者への感謝の気持ちを育みます。例えば、『おべんとうバス』(真珠まりこ 作・絵、ひさかたチャイルド)は、お弁当の具材たちが協力してバスに乗り込む物語を通して、食材への親しみや感謝を育むきっかけとなります。
- 食べ物を大切にすることや、食事の楽しさを描いた絵本: 残さず食べる大切さ、旬の味覚、食事の準備や片付けに関わる楽しさを伝える絵本は、食べ物を無駄にしないことへの意識や、食事の時間への肯定的な感情を育みます。例えば、『ぐりとぐら』(なかがわ りえこ 文、おおむら ゆりこ 絵、福音館書店)のように、共に料理を作り、分け合う喜びを描いた絵本は、共同作業や分かち合いの精神を育むと共に、食事の楽しさを伝えます。
これらの絵本は、単に物語を楽しむだけでなく、読み聞かせの後で食べ物について話し合ったり、絵本に出てくる料理を実際に作ってみたりする活動へと繋げることができます。
保育現場での実践
絵本と連携させながら、保育現場で食への感謝を育む実践は多岐にわたります。
- 絵本からの発展: 読み聞かせた絵本に登場する野菜や食材について、図鑑で調べたり、実際に触ってみたりする活動を行います。畑がある園であれば、野菜の種まきから収穫、調理までを体験することは、食べ物の成長を実感し、自然の恵みへの感謝を深める貴重な経験となります。クッキング保育では、食材の形や匂いを感じながら調理することで、食べ物への関心が高まります。
- 食事の時間の活用: 給食やおやつの時間には、「いただきます」「ごちそうさまでした」の意味を丁寧に伝えます。「いただきます」は、食べ物の命をいただくこと、作ってくれた人、運んでくれた人、料理してくれた人など、関わった全ての人への感謝を込めた言葉であることを、子供たちの発達段階に合わせて繰り返し伝えます。「ごちそうさまでした」は、食べ物と関わった全てへの感謝を込めた言葉であること、またお片付けまでが食事であることを伝えます。食事の前後に、食べ物や作ってくれた人、調理員さんへの感謝の気持ちを言葉や歌で表現する時間を設けることも効果的です。
- 食に関わる活動: 園内で野菜を育てたり、地域の農産物について調べたりする活動は、食べ物がどこから来るかを知る学びとなります。給食室の調理員さんへの感謝の気持ちを伝える手紙やプレゼントを作成することも、食に関わる他者への感謝を促します。
- 偏食や食べ残しへの対応: 無理強いするのではなく、「この野菜は太陽の光をいっぱい浴びて大きくなったんだよ」「〇〇さんが美味しくなるように心を込めて作ってくれたんだよ」といった言葉で、食べ物への興味や関心を引くように促します。少量の挑戦から始めたり、調理方法を変えてみたりする工夫も有効です。
これらの実践を通して、子供たちは食事が当たり前のことではなく、多くの恵みと人々の働きによって成り立っていることを肌で感じ、感謝の気持ちを自然と育んでいくことができます。
保護者との連携と家庭での取り組み
食への感謝の心を育むためには、園と家庭との連携が不可欠です。保育園での取り組みを保護者に伝え、家庭でも同様の視点を持って食事に関われるよう情報を提供することが重要です。
- 情報共有: 園だよりやクラス懇談会などを通じて、園で取り組んでいる食育活動や、子供たちが食への感謝について学んでいる様子を伝えます。絵本を紹介し、家庭での読み聞かせを勧めます。
- 家庭でのヒント提供: 保護者向けに、家庭でできる簡単な食育のヒントを提供します。「食事の前後に感謝の言葉を言う」「一緒に買い物に行き、食材に触れる」「簡単な料理や盛り付けを一緒にする」「食べ物の成長過程について話し合う」「食べ物の命について考える機会を持つ」など、具体的なアイデアを伝えることで、保護者も実践しやすくなります。
- 肯定的な声かけの推奨: 子供が食べ物に関心を示したり、感謝の言葉を言ったりした際には、肯定的に受け止め、褒めることの大切さを伝えます。「おいしいね」「作ってくれてありがとう」といった声かけを促すことで、子供の感謝の気持ちが育まれます。
家庭での日常的な声かけや関わりは、園での学びを深め、子供の心に感謝の気持ちを根付かせる上で大きな力となります。
まとめ
毎日の食事は、子供たちの体を作るだけでなく、感謝と思いやりの心を育むための大切な機会です。絵本は、食べ物への関心を深め、食に関わる様々な存在への気づきを促す有効なツールとなり得ます。保育現場においては、絵本を導入とした活動、食事の時間の丁寧な声かけ、食に関わる体験活動などを通して、子供たちが食べ物への感謝を自然に表現できるよう支援することが重要です。そして、家庭との連携を図り、日々の食卓が感謝の心を育む温かい場となるよう働きかけることもまた、欠かせない取り組みです。
食への感謝の心を育むことは、子供たちが健やかに成長し、他者や社会、そして自然との良好な関係性を築いていくための土台となります。この大切な時期に、豊かな食の経験を通して、子供たちの心に感謝の芽を育んでいくことの意義は大きいと言えるでしょう。