相手の視点に立つ練習が育む共感と思いやりの心 絵本と保育でのアプローチ
相手の視点に立つことの重要性
子供たちが社会の中で他者と良好な関係を築き、感謝や思いやりの心を育んでいく上で、「相手の視点に立つ」能力は非常に重要です。これは、自分とは異なる考えや感情を持っている人がいることを理解し、その立場になって物事を捉えようとする心の働きを指します。幼児期は、この視点取得能力の基礎が培われる大切な時期であり、この能力が発達することで、子供たちは他者の気持ちに寄り添い、共感し、感謝や思いやりといった社会性や道徳性の基盤となる感情を育むことができます。
相手の視点に立つ練習は、単に相手の気持ちを推測することに留まりません。それは、多様な価値観や考え方があることを知り、自分とは違う立場の人にも敬意を払う態度を育むことにも繋がります。保育や家庭での日々の関わりの中で、意図的に相手の視点に立つ機会を作ることは、子供たちの心の成長を多角的にサポートすることになります。
幼児期の発達と視点取得能力
幼児期、特に3歳頃までは、子供たちは自己中心的な視点で世界を捉える傾向があります。これは発達の自然な段階であり、「心の理論(Theory of Mind)」と呼ばれる、他者には自分とは異なる信念や意図、感情があることを理解する能力が徐々に発達していく過程にあります。4〜5歳頃になると、簡単な状況において他者の誤った信念を理解できるようになるなど、視点取得能力は少しずつ向上していきます。
この時期に、意図的な働きかけを行うことで、子供たちの視点取得能力の発達を促進することができます。絵本や遊びを通じた体験は、子供たちが楽しみながら他者の立場や感情について考える絶好の機会となります。
相手の視点に立つ練習に役立つ絵本
絵本は、様々な登場人物の視点や感情に触れることができる優れた教材です。物語の世界に入り込むことで、子供たちは自然と他者の気持ちを想像する体験をすることができます。
具体的な絵本の例
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『おこだでませんように』
- 作者:くすのき しげのり、絵:ふるしょうようこ
- 出版社:小学館
- 小学校での出来事を描いた物語ですが、登場人物の複雑な感情や背景が丁寧に描かれており、子供たちが主人公や先生の気持ちについて深く考えるきっかけを与えてくれます。「なぜこの子はおこられてしまうのだろう」「先生は本当はどう思っているのだろう」といった問いかけを通じて、多角的な視点を持つことの重要性を伝えることができます。
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『ぼくにもそのあいをください』
- 作者:キム・ヒョウン、訳:おおたけ さんみ
- 出版社:フレーベル館
- 様々な事情を抱えた動物たちが、それぞれの立場で「愛」を求める物語です。異なる背景を持つ登場人物たちの気持ちを想像することで、多様な状況や感情があることを理解し、相手の立場に立って考えることの大切さを学ぶことができます。
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『わたしのワンピース』
- 作者:にしまき かやこ
- 出版社:こぐま社
- 白い布で作ったワンピースが、様々な場所を旅するうちに花柄になったり、水玉になったりする様子が描かれています。この絵本自体は直接的に感情をテーマにしているわけではありませんが、「もし自分がうさぎさんだったら、どんな色のワンピースにしたいかな?」「このワンピースを着て、どんな気持ちかな?」のように、子供自身が登場人物の立場になって想像力を働かせるように促す声かけに活用できます。
絵本を活用する際のポイント
絵本の読み聞かせを通じて視点取得能力を育むためには、読み聞かせ中の声かけが重要です。「この子、どんな気持ちかな?」「どうしてこんな顔をしているのかな?」「もし〇〇ちゃんが同じことをされたら、どんな気持ちになる?」といった問いかけを投げかけ、子供たちが登場人物の感情や行動の背景について考えることを促します。物語の結末だけでなく、途中の様々な場面で立ち止まり、登場人物の状況や気持ちについて話し合う時間を設けることが効果的です。
保育現場での具体的なアプローチ
絵本だけでなく、日々の保育活動の中にも、相手の視点に立つ練習を取り入れる機会はたくさんあります。
1. 役割遊び・ごっこ遊び
子供たちは役割遊びやごっこ遊びを通して、自分以外の人物になりきる体験をします。お母さん、お父さん、お店屋さん、お客さん、先生、動物など、様々な役に挑戦することで、それぞれの立場の人がどのようなことを考え、どのように感じるかを想像する力を養います。「お母さんだったら、なんて言うかな?」「お客さんは、どんなものが欲しいかな?」といった声かけで、子供たちがより深く役に入り込み、相手の視点を意識するように促すことができます。
2. 人形劇や指人形の活用
人形劇や指人形は、登場人物の感情や状況を視覚的に分かりやすく表現するのに役立ちます。保育者が人形を使って簡単なストーリーを展開し、「このくまさん、今どんな気持ちだと思う?」「どうしてこのきつねさんは怒っているのかな?」などと問いかけます。子供たちは人形の表情や声のトーンから感情を読み取り、その理由を考える練習ができます。子供たち自身に人形を使って劇を演じてもらうことも効果的です。
3. 日常生活の中での声かけ
保育室での日常的な場面でも、相手の視点に立つことを促す声かけを意識します。 * 友達同士のトラブルがあった際:「〇〇ちゃんは今、どんな気持ちかな? △△ちゃんは、どうしてそうしたのかな?」と、両方の立場に寄り添って考えるように促す。 * 誰かが何かをしてくれた時:「〇〇くんが、△△ちゃんのおもちゃを貸してくれて、△△ちゃんはどんな気持ちになったかな?」と、相手がした行動が他者に与える感情の変化に気づかせる。 * 誰かが困っている時:「もし自分が同じように困っていたら、どんな気持ちかな?」「どうしたらこのお友達は嬉しいかな?」と、助ける側、助けられる側の両方の視点から考える。
4. 絵カードや写真の活用
様々な感情や状況を表す絵カードや写真を用意し、「この子はどんな気持ちに見える?」「どうしてそう思ったの?」などと話し合います。具体的な表情や状況から感情を読み取る練習は、相手の視点に立つための基礎となります。
保護者への提案に役立つ視点
保育現場での取り組みと並行して、家庭でも無理なく視点取得の練習を取り入れてもらえるよう、保護者へ提案する際のヒントをいくつか提供します。
- 絵本を活用した対話: 家庭での絵本の読み聞かせ時にも、登場人物の気持ちについて親子で話し合うことを勧めます。「もしこの子だったら、どうするかな?」「どうしてこの子は泣いているんだろうね?」など、簡単な問いかけから始めます。
- 日常会話での声かけ: 「おじいちゃんにプレゼントをもらった時、どんな気持ちだった?おじいちゃんはどんな気持ちだったかな?」のように、身近な人の感情について考える機会を作ることを提案します。
- ごっこ遊びの推奨: 家庭でのごっこ遊びや人形遊びの中で、様々な役になりきることを促すように伝えます。親も一緒に遊びに参加し、多様な視点があることを示すことも有効です。
- 感情を表す言葉を豊かに: 嬉しい、悲しい、怒っているといった基本的な感情だけでなく、困惑、安心、誇らしいなど、様々な感情を表す言葉を日常的に使うことを提案します。子供が自分の感情を言葉にできるようになることは、他者の感情を理解する上でも重要です。
まとめ
幼児期に相手の視点に立つ練習をすることは、共感性や思いやり、感謝の心を育む上で極めて重要な土台となります。絵本を通じた登場人物の気持ちの探求や、役割遊び、日常の中での意図的な声かけなど、様々なアプローチを通じて、子供たちは少しずつ他者の立場や感情を理解する力を身につけていきます。
この能力の発達は、子供たちが多様な人々との関わりの中で、互いの気持ちを尊重し、協力し合いながら生きていくための確かな糧となります。保育現場と家庭が連携し、子供たちが安全で温かい環境の中で、楽しみながら相手の視点に立つ練習を重ねていけるようサポートしていくことが、子供たちの豊かな心の成長に繋がるものと考えられます。