困っている人に気づき、寄り添う心を育む 絵本と保育でのアプローチ
はじめに
幼児期における心の成長は、その後の社会性の基盤を築く上で非常に重要です。中でも、他者の状態を察知し、困難や悲しみに気づく「気づく力」と、その気持ちに寄り添おうとする「寄り添う心」は、感謝や思いやりといった肯定的な対人関係を育む上で不可欠な要素と言えます。これらの力は、特別な教育活動だけでなく、日々の絵本の読み聞かせや保育の中での関わりを通して、自然に育まれていくと考えられます。
この記事では、子どもたちが周囲の異変や他者の困りごとに気づき、共感的に寄り添う心を育むための絵本や、保育現場、家庭での具体的なアプローチについて考察します。
「気づく力」と「寄り添う心」の教育的意義
子どもたちが「困っている人に気づき、寄り添う心」を育むことは、自己中心的な視点から離れ、他者の存在を意識する第一歩となります。これは、共感性の発達に繋がり、友達との協調性や問題解決能力、さらには道徳性の芽生えにも影響を与えます。
幼児期は、自分と他者との区別を認識し始め、徐々に相手の気持ちを推測しようとする時期です。この発達段階において、絵本や保育者、保護者からの適切な働きかけがあることで、子どもたちは他者の表情や声のトーン、置かれている状況などから、相手の気持ちや状態を読み取る力を養うことができます。そして、その気づきに基づいて、どのように関わることが相手にとって支えとなるのかを学び始めます。
絵本によるアプローチ
「困っている人に気づき、寄り添う心」を育む上で、絵本は非常に有効なツールとなります。物語を通じて様々な登場人物の感情や状況に触れることで、子どもたちは安全な環境で他者の気持ちを追体験し、共感する機会を得られます。
具体的な絵本の選び方としては、以下のような特徴を持つものが考えられます。
- 登場人物が様々な感情(悲しみ、困惑、不安など)を表現する場面がある
- 誰かが困難な状況に直面し、他の誰かが援助する物語
- 自然や動物など、人間以外の存在の困難や喜びが描かれている
- 言葉だけでなく、絵によって登場人物の表情や状況が豊かに表現されている
(例として、架空の絵本を挙げます) 『ちいさなライオンのおおきなこころ』 作・絵:ほしぞら出版編集部 対象年齢:3歳〜5歳
この絵本は、元気がない小さなライオンが、友達のウサギやキリン、ゾウに囲まれて元気を取り戻していく物語です。ライオンは言葉で「困っている」と言わないものの、絵では耳が垂れていたり、しっぽが力なく下がっていたりと、様子がおかしいことが示されています。ウサギはライオンの様子に「あれ?」と気づき、キリンは優しく声をかけ、ゾウは楽しい遊びに誘います。それぞれがライオンのためにできることを考え、行動することで、ライオンが再び笑顔を取り戻す様子が描かれています。
教育的効果と読み聞かせのポイント: この絵本は、相手が言葉で訴えなくても、その様子から何か変化があったことに「気づく」大切さを伝えます。また、助ける側が一人ではなく、それぞれが異なる方法で関わろうとすることを通して、寄り添い方には様々な形があること、そして、その「寄り添い」が相手に大きな力を与えることを示唆します。
読み聞かせの際は、「ライオンさん、どうして元気がないのかな?」「ウサギさんは何に気づいたのかな?」「もしあなたがライオンさんのお友達だったら、どんなことをしてあげる?」など、子どもたちに登場人物の気持ちや行動について問いかけ、考えを促すことが効果的です。絵の中の表情や姿勢に注目させることも、「気づく力」を養う助けとなります。
保育現場での実践
絵本の読み聞かせに加えて、日々の保育活動の中にも「気づく力」と「寄り添う心」を育む機会は豊富にあります。
日常の観察と声かけ: 子どもたちが友達の様子に気づいた時、「〇〇君、なんだか悲しそうにしているね。どうしたのかな?」のように、保育者が言葉にして確認することを促すことができます。また、植物の水やり当番が水が足りないことに気づいたり、飼育しているメダカの様子がいつもと違うことに気づいたりといった、自然や生き物に対する「気づき」も、対象を広げる良い機会となります。
具体的な援助活動: 友達が積み木をうまく積めずに困っている、靴がうまく履けないといった場面で、「どうしたらいいかな?」「何かお手伝いできることあるかな?」と、子どもたち自身に解決策を考えさせたり、自然な形で援助行動を促したりします。援助できた時には、「〇〇君が困っているのに気づいて、△△ちゃんが手伝ってくれたね。ありがとう。」と、その行動を具体的に承認し、肯定的にフィードバックすることで、次への意欲に繋がります。
役割遊びやごっこ遊び: 病気の人を看病するお医者さんごっこや、困っている動物を助ける探検隊ごっこなど、他者の立場になって考え、行動する役割遊びは、共感性や寄り添う心を育むのに適しています。遊びの中で、保育者が「〇〇ちゃん(役)、痛そうだね。どうしたらいいかな?」のように問いかけをすることで、より深く役割に入り込み、他者の気持ちを考える経験を促すことができます。
保護者との連携
「気づく力」と「寄り添う心」は、保育園だけでなく家庭での関わりを通してより豊かに育まれます。保育園での取り組みを共有し、家庭での実践を提案することは、子どもたちの継続的な成長を支える上で重要です。
家庭でできることのヒント: * 日常の「気づき」を促す: 「お父さんが疲れていそうだよ」「お母さん、荷物を持っているから手伝ってあげようか」など、身近な人の様子に気づくよう声かけをする。 * 感情について話し合う: 絵本やテレビを見て、「この子、どんな気持ちかな?」「どうしてこんな顔をしているんだろう?」と、登場人物の気持ちについて親子で話し合う機会を持つ。 * 簡単な手伝い: 家族のためにできる簡単な手伝い(テーブルを拭く、スリッパを揃えるなど)をお願いし、「ありがとう、助かったよ」と感謝を伝えることで、自分の行動が他者の助けになった経験を積む。 * 自然や物を大切にする気持ち: 枯れかけた植物に水をあげる、古くなったおもちゃを修理するなど、身の回りのものの変化に気づき、大切にする関わりを見せる、あるいは一緒に行う。
保護者に対しては、保育園で紹介した絵本を家庭でも読み聞かせてもらうことや、日々の生活の中で子どもが見せた小さな「気づき」や「寄り添い」の行動を肯定的に捉え、承認することの重要性を伝えることができます。連絡帳や個別の面談などを通して、子どもたちの具体的なエピソードを共有することで、保護者も家庭での関わり方のヒントを得やすくなります。
まとめ
「困っている人に気づき、寄り添う心」は、幼児期に育むべき重要な社会性の一つです。絵本の読み聞かせを通じて様々な感情や状況に触れる機会を提供し、日々の保育や家庭での具体的な関わりの中で、他者の状態を観察する力や、共感に基づいて行動する経験を積ませることにより、子どもたちの心の成長を支援することができます。
これらの取り組みは、子どもたちが将来、他者との良好な関係を築き、感謝と思いやりに満ちた豊かな社会生活を送るための確かな土台となるでしょう。継続的な関わりと、子どもたちの小さな変化や成長を見守る温かい視点が、その育みを支える鍵となります。