言葉の力で心を通わせる 感謝と思いやりの気持ちを伝える絵本と保育
言葉は、私たちの内にある感情や考えを他者に伝え、心を通わせるための最も重要なツールの一つです。幼児期において、感謝や思いやりの気持ちを育む上で、言葉の果たす役割は非常に大きいと言えます。単に「ありがとう」と言うだけでなく、どのような状況で、どのような言葉を選んで気持ちを伝えるかという経験は、子供たちの感情認識、共感性、そして社会性の発達に深く関わります。
言葉が育む感謝と思いやりの心
子供たちは、周囲の人々との関わりの中で言葉を学び、その使い方を通して人間関係を築いていきます。感謝や思いやりの気持ちを言葉で表現することは、以下の点で子供たちの心の成長を促します。
- 感情の言語化: 抽象的な「嬉しい」「ありがたい」「心配だ」といった感情を具体的な言葉にすることで、子供たちは自分の内面をより明確に認識できるようになります。これは自己理解の第一歩です。
- 他者への伝達: 感謝や思いやりの気持ちを言葉で伝えることで、相手はその気持ちを受け止め、 reciprocate する機会を得ます。これにより、温かい人間関係が構築されます。
- 共感の促進: 他者から感謝や思いやりの言葉をかけられる経験、あるいは自分が言葉をかける経験を通して、子供たちは言葉が他者の感情にどのように影響するかを学びます。これは他者への共感を育む上で不可欠な過程です。
- ポジティブな関係性の構築: 肯定的な言葉の使用は、周囲との関係を良好に保ち、集団の中での安心感や所属意識を高めます。
感謝と思いやりの言葉を育む絵本の選び方
言葉の力を通して感謝や思いやりの心を育むには、言葉そのものが持つ温かさや、言葉を交わすことの喜びを描いた絵本が効果的です。以下のような視点で絵本を選ぶと良いでしょう。
- 温かい言葉が繰り返し登場する絵本: 「ありがとう」「大好き」「だいじょうぶだよ」「一緒にやろう」といったポジティブな言葉が自然な形で使われている作品。
- 気持ちを言葉で伝えることの大切さを描いた絵本: 登場人物が自分の感情や考えを言葉で表現し、それによって状況が好転したり、関係性が深まったりする物語。
- 言葉の受け止められ方や、言葉が持つ影響力を示唆する絵本: ポジティブな言葉が人々の心を温め、ネガティブな言葉が人を傷つける可能性を示唆する内容。ただし、恐れを煽るのではなく、穏やかに伝える作品が望ましいです。
- 多様な状況での言葉遣いが描かれている絵本: 感謝だけでなく、励まし、慰め、謝罪、依頼など、様々な場面での適切な言葉遣いの例が提示されている作品。
具体的な絵本例:
- 『すきすきぎゅっぎゅっ』 (著者: 木村裕一 / 出版社: 偕成社)
- 愛情表現の豊かな言葉と身体表現が組み合わされており、温かい気持ちを言葉で伝える心地よさを感じさせます。対象年齢: 0歳から。
- 『よかったねネッドくん』 (著者: ヘレン・オクセンバリー / 出版社: 偕成社)
- 失敗しても「よかったね」と優しく見守る視点が描かれており、励ましの言葉や受容の姿勢が伝わります。対象年齢: 2歳から。
- 『ありがとうっていいたくて』 (著者: のぶみ / 出版社: サンマーク出版)
- 様々な「ありがとう」の形が描かれており、感謝の気持ちを言葉にすることの大切さに気づかせてくれます。対象年齢: 3歳から。
- 『あなたがとってもかわいい』 (著者: 中川李枝子 / 絵: 山脇百合子 / 出版社: 福音館書店)
- 肯定的な言葉かけが子供の心をどれほど満たすかを示唆するような、温かいまなざしに満ちた絵本です。対象年齢: 2歳から。
保育現場での実践例
絵本を通して言葉の力を育む活動は、日々の保育の中で多様な形で取り入れることができます。
- 読み聞かせ後の対話: 絵本の読み聞かせ後、「〇〇ちゃんは、どんな言葉を言われて嬉しかったかな?」「もし自分がこの登場人物だったら、なんて言ってもらいたい?」「このお友達に、なんて声をかけてあげたら喜ぶかな?」など、子供たちが絵本の中の言葉や状況について考え、自分の経験や感情と結びつける問いかけを行います。
- 言葉を使った遊び:
- 「ふわふわ言葉・ちくちく言葉」の視覚化: ポジティブな言葉(ふわふわ言葉)とネガティブな言葉(ちくちく言葉)を、視覚的に表現する素材(綿と画用紙で作った針など)を使って、言葉の持つ印象を理解する活動です。
- 感謝・励ましリレー: 一人が隣の子に感謝や励ましの言葉を伝え、それが順番に続いていく遊びです。温かい言葉のシャワーを浴びる経験を共有します。
- 日常的な声かけのモデル: 保育者が子供たち同士、あるいは子供から保育者への感謝や思いやりの言葉を促すだけでなく、保育者自身が子供たちや他の保育者に対して意識的に感謝や励ましの言葉を使う姿を見せます。例えば、お手伝いしてもらった際に「〇〇してくれて、ありがとう。とっても助かったよ。」と具体的に伝えることで、子供たちは言葉の使い方を学びます。
- 気持ちを伝える練習: 自分の気持ち(嬉しい、悲しい、困ったなど)を簡単な言葉で伝える練習を促します。例えば、おもちゃを取られて悲しかった時に、「〇〇くん、おもちゃ取られて悲しかった、って言っているよ。なんて言ってほしかったかな?」などと介入し、気持ちを言葉にするサポートをします。
保護者との連携
家庭でも言葉を通して感謝や思いやりの心を育むことができるよう、保護者へ向けた情報提供や働きかけも重要です。
- 絵本リストの紹介: 園で読んだ絵本や、家庭での読書におすすめの絵本リストを配布し、絵本を介した親子のコミュニケーションを推奨します。絵本を選ぶ際のポイント(気持ちを伝える言葉が出てくるかなど)を添えるとより具体的です。
- 家庭での声かけ例の提案: 「ありがとう」だけでなく、「助かるよ」「すごいね」「一緒に頑張ろうね」といった、具体的な状況で使える感謝や励ましの言葉かけの例を紹介します。
- 親子で気持ちを伝え合う時間の推奨: 食事中や寝る前など、親子でその日の出来事や感じたことを話し合い、互いに感謝や労いの言葉を伝え合う時間を持つことの意義を伝えます。
- ポジティブな言葉の環境づくり: 保護者自身が家庭内でポジティブな言葉を意識して使うことの重要性を伝えます。子供は親の言葉遣いを真似ることから学びます。
まとめ
感謝と思いやりの心を育む上で、言葉は感情を具体化し、他者と心を通わせるための架け橋となります。絵本は、その言葉の温かさや力を子供たちに伝える優れた教材です。保育現場や家庭において、意図的に言葉に焦点を当てた活動や声かけを取り入れることで、子供たちは自分の気持ちを適切に表現し、他者の気持ちを理解し、感謝や思いやりの気持ちを言葉で伝える力を着実に育んでいくでしょう。これらの経験は、子供たちが他者と良好な関係を築き、豊かな心を育んでいくための大切な土台となります。