心のこもった「ありがとう」を育む 絵本と保育でのアプローチ
「ありがとう」の言葉に心を添えて
「ありがとう」という言葉は、日々の生活の中で頻繁に交わされる挨拶の一つです。しかし、単なる習慣としての言葉ではなく、その言葉の背後にある感謝の気持ちを理解し、心のこもった「ありがとう」として表現できることは、子供たちの豊かな人間関係や社会性の発達において非常に重要です。幼児期は、自己中心的な視点から徐々に他者の存在や感情を意識し始め、感謝や思いやりの基礎が培われる大切な時期にあたります。この時期に、絵本や保育における日々の関わりを通して、「ありがとう」という言葉にどのような心が込められているのか、そして、なぜ「ありがとう」と言うことが大切なのかを伝えていくことが求められます。
この記事では、幼児期に心のこもった「ありがとう」の気持ちを育むための絵本と、保育現場や家庭で実践できる具体的なアプローチについてご紹介します。
幼児期における感謝の気持ちの発達
幼児期において、子供たちは他者との関わりや様々な経験を通して、少しずつ感謝の気持ちを理解していきます。初めは、自分の要求が満たされた時や、嬉しいことがあった時に反射的に「ありがとう」と言うことから始まるかもしれません。しかし、発達が進むにつれて、他者が自分のために何かをしてくれたこと、その行動には相手の意図や時間、労力が含まれていることなどをぼんやりと感じ取れるようになります。
感謝の気持ちが育つためには、以下の要素が関わってきます。
- 他者への気づき: 自分以外の存在があり、その人たちが自分に関わっていることに気づくこと。
- 行為の認識: 相手が自分に対して何かをしてくれた、という具体的な行為を認識すること。
- 意図の理解: 相手が自分のために良いことをしようとしてくれた、という意図を少しずつ理解すること。
- 感情の認識: その行為によって自分が嬉しくなった、助かったと感じる自分の感情を認識すること。
- 表現: その感情や認識を「ありがとう」という言葉や態度で伝えること。
これらの要素は、日々の大人との関わりや、絵本を通した疑似体験、友達との相互作用の中で徐々に育まれていきます。
心のこもった「ありがとう」を育む絵本
「ありがとう」をテーマにした絵本は数多く存在しますが、単に「ありがとう」という言葉を教えるだけでなく、言葉の背景にある感謝の気持ちや、感謝する対象の多様性を描いている絵本を選ぶことが重要です。
例えば、以下のような絵本が挙げられます。
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『ありがとう、だいすき』
- 作・絵:みやにしたつや
- 出版社:岩崎書店
- 概要:主人公のティラノサウルスが、様々な出会いや別れを通して、「ありがとう」「だいすき」といった温かい気持ちを表現する物語です。相手への感謝の気持ちが、愛情表現や別れを乗り越える力となる様子が描かれています。
- 教育的効果:この絵本は、感謝の気持ちが他者への温かい感情と結びついていることを示唆します。登場人物の感情表現が豊かであるため、子供たちが絵本の世界に入り込みやすく、登場人物の気持ちに寄り添いながら、感謝の気持ちがどのような場面で生まれ、どのように伝えられるのかを自然に感じ取ることができます。
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『いろいろありがとう』
- 作:五味太郎
- 出版社:偕成社
- 概要:身の回りにある様々なものや出来事に対して、「ありがとう」と感謝する様子がユニークな絵と短い言葉で描かれています。「くつ、ありがとう」「あめ、ありがとう」のように、日常に存在するあらゆるものに感謝の視点を向けることを示唆する絵本です。
- 教育的効果:この絵本は、感謝の対象が人間に限らず、物や自然、出来事など、多岐にわたることを伝えます。子供たちは、普段意識しないような身の回りのものにも「ありがとう」という気持ちを向けられることに気づき、感謝の視野を広げることができます。日常の中の小さな「ありがとう」に気づく習慣は、感謝の心を育む上で基盤となります。
これらの絵本は、物語を通して感謝の気持ちやその表現方法を伝えたり、身近なものへの感謝の視点を広げたりすることで、子供たちが「ありがとう」という言葉に心を込めるきっかけを与えてくれます。
保育現場での実践アプローチ
絵本を活用するだけでなく、日々の保育活動の中で意識的に「ありがとう」の気持ちを育む機会を作ることが重要です。
- 絵本の読み聞かせ後の対話: 絵本を読んだ後、「〇〇ちゃんが△△してくれた時、どんな気持ちだったかな?」「あの時、主人公は誰に『ありがとう』って言っていたかな?なぜ『ありがとう』って言ったんだと思う?」など、登場人物の気持ちや行動の理由について子供たちと一緒に考える時間を持ちます。
- 日常生活での「ありがとう」探し: 保育室での自由遊びや片付けの時間に、「〇〇君が積木を貸してくれたね。どんな気持ちかな?」「△△さんが絵の具の準備を手伝ってくれたよ。何て言おうか?」など、子供たちの周りで起こった小さな助け合いや親切な行動を取り上げ、感謝の気持ちとその表現を促します。
- 役割遊び: お店屋さんごっこなど、役割遊びの中で、物を渡す側と受け取る側になり、「ありがとう」「どういたしまして」のやり取りを体験します。この時、ただ言葉を言うだけでなく、受け取った時の嬉しい気持ちや、渡して相手が喜んでくれた気持ちを共有する声かけをします。
- 感謝を表現する活動: 「今日のありがとう」をテーマにした絵を描いたり、メッセージカードを作成したりする活動を取り入れます。お家の人、友達、先生など、感謝を伝えたい相手を具体的に考え、絵や言葉で表現することで、感謝の気持ちを形にする経験を積みます。
- 保育者自身の姿勢: 保育者自身が、子供たちや他の職員、保護者に対して感謝の気持ちを言葉や態度で丁寧に伝える姿を見せることが、子供たちにとって最も身近で影響力のあるモデルとなります。
保護者との連携と家庭でのヒント
子供たちの感謝の気持ちを育むためには、保育園と家庭が連携し、一貫した関わりを持つことが効果的です。
- 絵本情報の共有: 保育園で読み聞かせた「ありがとう」関連の絵本について、保護者へ情報共有します。絵本の内容や、保育園での子供たちの反応、絵本を通して伝えたいことなどを伝えることで、家庭での関心のきっかけとなります。
- 家庭での実践提案: 家庭でできる簡単な「ありがとう」を育むヒントを提案します。
- お手伝いの機会を作る: 子供がお手伝いをしてくれたら、「〇〇ちゃんがお手伝いしてくれたから、ママ/パパ助かったよ。ありがとう」と具体的に感謝を伝えます。
- 感謝の言葉を口にする習慣: 家族がお互いに「ありがとう」を日常的に伝え合う姿を見せることが大切です。食事を作ってくれた人、片付けをしてくれた人など、具体的な行動に対して感謝を伝えます。
- 感謝日記/カレンダー: 年齢に応じて、その日あった嬉しかったことや、誰かにしてもらった親切なことを書き出したり、絵に描いたりする習慣を取り入れます。
- 具体的な状況で声かけ: 例えば、お友達におもちゃを貸してもらったら「貸してくれて助かったね、嬉しいね。〇〇君にありがとうを言えるかな?」のように、子供が感謝の気持ちを感じやすい状況で声かけを促します。
- 感謝の気持ちの「見える化」: 家族への手紙や、感謝の気持ちを込めたプレゼント作りなどを通して、感謝の気持ちを形にする経験を共有します。
まとめ
心のこもった「ありがとう」は、単なるマナーとして教え込むものではなく、他者への肯定的な感情や、関わりに対する理解、そして自己の感情認識といった、子供の内面的な成長と共に育まれるものです。絵本は、子供たちが様々な登場人物の感情や状況に触れ、感謝の気持ちが生まれる瞬間や、言葉として表現される過程を追体験できる貴重な機会を提供します。
日々の保育活動においては、意図的な声かけや活動を通して、子供たちが身の回りの小さな「ありがとう」に気づき、自分の言葉で感謝を表現できるような働きかけが重要です。そして、保護者との連携により、家庭でも感謝の気持ちを育む環境を整えることで、子供たちの心の中に、温かく、そして確かな感謝の気持ちが根付いていくことでしょう。このプロセスは、子供たちが他者を思いやり、豊かな人間関係を築いていくための大切な一歩となります。