気持ちを「見える化」する絵本と遊び 幼児期の自己理解と共像力の発達
幼児期の心の育ちにおける感情理解と共像力の重要性
幼児期は、自己と他者の区別が明確になり始め、感情の世界が豊かに広がる大切な時期です。この時期に、自分の内面で起こっている感情に気づき、それを言葉や態度で表現することを学び、さらには他者の感情を想像し、共感する力が育まれます。これらの能力は、感謝や思いやりの心を育む上で基盤となります。自分の気持ちを理解できなければ、他者の立場に立って物事を考えることは難しく、また、他者の感情を想像できなければ、感謝や思いやりの気持ちは生まれにくいと考えられます。
感情理解と共像力の発達は、子どもたちが円滑な人間関係を築き、社会性を身につける上でも不可欠です。絵本や遊びは、子どもたちが安全な環境で様々な感情に触れ、他者の視点を体験するための有効なツールとなり得ます。本稿では、幼児期の感情理解と共像力を育むための絵本と、保育現場や家庭で実践できる具体的な遊びや活動例について解説します。
感情を「見える化」する絵本の役割と選び方
感情は目に見えない抽象的なものです。絵本は、登場人物の表情や行動、ストーリーを通じて、子どもたちが感情の存在を認識し、その多様性や状況に応じた変化を理解する手助けをします。感情を「見える化」し、子どもたちが自分自身の感情や他者の感情に気づくきっかけを提供します。
絵本選びのポイント
- 感情が豊かに描かれている作品: 登場人物の表情、声のトーン(読み聞かせ時)、体の動きなどで、喜び、悲しみ、怒り、不安などの様々な感情が分かりやすく表現されている絵本を選びます。
- 感情の原因や結果が描かれている作品: なぜその登場人物がそのような気持ちになったのか、その気持ちがどのような行動につながったのかが描かれていると、感情とその背景にある状況との関係性を理解しやすくなります。
- 多様な気持ちに触れることができる作品: 一つの物語の中に様々な登場人物の異なる気持ちが描かれている絵本は、他者には自分とは違う気持ちがあることを知る機会になります。
- 子どもの発達段階に合っている作品: 複雑すぎるストーリーや感情表現は避け、対象年齢に合った、共感しやすいテーマの絵本を選びます。
感情理解と共像力を育む絵本の例
-
『わたしの』 (谷川俊太郎 文 / 長新太 絵、福音館書店):
- この絵本は、「わたしの○○」というシンプルな言葉と、それぞれ異なる「わたし」を持つ登場人物たちの姿が描かれています。自己認識を促すと同時に、「わたし」が複数存在し、それぞれが異なるものであることを示唆します。自分の存在や感覚に気づく第一歩となります。
- 対象年齢:2歳くらいから
-
『いないいないばあ』 (松谷みよ子 文 / 瀬川康男 絵、童心社):
- 乳児向けの絵本ですが、顔を隠して「ばあ」と見せるシンプルなやり取りの中に、期待、驚き、安堵といった感情の表現と受容の基本的なモデルが含まれています。繰り返し読む中で、他者の表情や声のトーンに注意を向け、感情を読み取る土台を培います。
- 対象年齢:0歳から
-
『きもち』 (ちひろ美術館 編、新日本出版社):
- いわさきちひろの絵に添えられた短い言葉が、子どもの様々な「きもち」を表現しています。喜び、悲しみ、照れ、戸惑いなど、具体的な状況と結びついた感情が美しく描かれており、子どもたちが自分の感情に名前をつけたり、他者の感情を想像したりする手助けとなります。
- 対象年齢:3歳くらいから
-
『ともだち』 シリーズ (内田麟太郎 文 / 降矢なな 絵、偕成社):
- キツネとオオカミの友情を巡る様々な出来事が描かれています。時にはすれ違い、時には助け合い、互いの気持ちを考えながら関係を深めていく姿は、共感や思いやりの具体的な場面を示唆します。登場人物の心の動きを追いながら、他者の気持ちを想像する力を養います。
- 対象年齢:4歳くらいから
保育現場で実践する感情理解と共像力を育む遊び・活動
絵本の読み聞かせに加え、日々の保育活動の中で感情理解と共像力を自然に育む遊びを取り入れることができます。
読み聞かせ後の対話
絵本を読んだ後、登場人物の気持ちについて子どもたちと一緒に話し合います。「どうして○○ちゃんは悲しかったのかな」「もしあなたが△△くんだったら、どんな気持ちになるかな」など、具体的な問いかけを通じて、子どもたちが登場人物の気持ちを想像し、自分の経験と結びつけて考える機会を作ります。正解や不正解を問うのではなく、多様な感じ方があることを共有する姿勢が大切です。
感情カードや表情遊び
様々な感情を表すイラストや写真(感情カード)を用意し、「これはどんな気持ちかな」「こんなとき、どんな気持ちになるかな」と問いかけたり、カードを使って簡単なゲームをしたりします。また、鏡を見ながら自分の顔で様々な表情を作ってみたり、友だちの表情を真似てみたりする遊びも、感情の認識を深めるのに役立ちます。
役割遊び・ごっこ遊び
お店屋さんごっこ、お医者さんごっこ、家族ごっこなどの役割遊びは、子どもが特定の役になりきり、その役の視点から物事を捉える貴重な機会です。他の子どもとのやり取りの中で、相手の気持ちを想像し、それに応じた行動を取る練習が自然に行われます。「お熱があってつらそうだね、大丈夫」といった声かけは、相手の状況を思いやる言葉につながります。
気持ちの共有タイム
一日の活動の終わりに、子どもたちがその日一番心に残った気持ちや出来事を簡単に話し合う時間を設けることも有効です。「今日はどんな気持ちになったかな」「楽しかったこと、嬉しかったこと、ちょっぴり悲しかったことなどを話してみよう」と促し、自分の気持ちを表現する練習と、他の子どもの気持ちに耳を傾ける経験を積みます。
家庭での取り組みを促す保護者へのヒント
保護者との連携は、子どもの心の成長を多角的にサポートするために重要です。保護者に対して、家庭で実践できる簡単な取り組みや、子どもとの関わり方のヒントを伝えることができます。
- 絵本の読み聞かせを通じた対話: 保育園で読んだ絵本や家庭にある絵本について、子どもに「この子の気持ち、どう思う」と尋ねたり、「もしあなたがこの子だったら、どうする」と問いかけたりして、登場人物の気持ちや状況について話し合う時間を持ちます。
- 日常生活での感情への気づき: 子ども自身の「嬉しい」「悲しい」といった感情だけでなく、保護者自身の感情も言葉にして伝え、「お母さんは〇〇で嬉しい気持ちだよ」などと話すことで、感情の種類や表現方法を教えます。また、他の家族や友人、地域の人々の様子に触れた際に、「あの人、なんだか困っていそうに見えるね」などと声かけ、他者の気持ちを想像するきっかけを与えます。
- 「もし〜だったら」の想像ゲーム: 日常の様々な場面で、「もしこのおもちゃがおしゃべりできたら、なんて言うかな」「もし雨粒が涙だったら、どんな気持ちだろう」といった想像を促す問いかけは、物や自然に対しても感情や気持ちがあるかのように考える機会を与え、共像力を発展させます。
- 子どもの気持ちを受け止める傾聴: 子どもが自分の気持ちを話そうとしたときには、たとえそれが保護者にとって理解しにくい感情であっても、まずは否定せずにしっかりと耳を傾け、「そう感じたんだね」と受け止める姿勢を示すことが大切です。
まとめ
幼児期における感情理解と共像力は、感謝や思いやりの心を育むための重要な土台です。絵本を通じて多様な感情に触れ、登場人物の立場に立って考える経験を重ねること、そして、保育や家庭での遊びや対話を通じて、自分の気持ちに気づき、他者の気持ちを想像する機会を意図的に設けることが、これらの能力を育む上で効果的です。日々の実践の中で、子どもたちが豊かな感情の世界を探求し、他者への優しい眼差しを育んでいくことを支援していくことが重要です。