「貸し借り」と「順番待ち」の経験を通して育む感謝と思いやりの心 絵本と保育での学び
日常の経験が育む子供の心
子供たちが日々の生活の中で直面する「貸し借り」や「順番待ち」は、一見些細な出来事のように見えますが、彼らの心の成長にとって非常に重要な学びの機会となります。これらの経験を通して、子供たちは他者との関わり方、社会のルール、そして自身の感情や欲求をコントロールすることを学びます。そして、その過程で自然と感謝と思いやりの気持ちが育まれていきます。
「貸し借り」と「順番待ち」が育むもの
子供が自分の持っているおもちゃを友達に「貸す」、または友達から「借りる」という経験は、所有の概念を理解し、他者と物を共有する心地よさや難しさを知る第一歩です。また、順番を待つという経験は、自己抑制の力を養い、すぐに満たされない欲求に対する耐性を身につける機会となります。さらに、自分が待つことで他の人が先に経験できること、または自分が待った後に番が回ってくることへの理解は、他者への配慮や公正さの感覚を育みます。
これらの経験の中で、子供たちは他者の立場を想像し、共感する機会を得ます。「貸してくれてありがとう」「順番を譲ってくれてありがとう」といった感謝の気持ちや、「次に使う人のためにきれいに使う」「順番が回ってくるまで待っていよう」といった思いやりの行動は、これらの日常的なやり取りの中で育まれていくと考えられます。
テーマに関連する絵本の役割
「貸し借り」や「順番待ち」をテーマにした絵本は、これらの抽象的な概念や感情を子供にとって理解しやすい物語として提示する有効なツールです。絵本の中の登場人物の体験を通して、子供たちは共有する喜び、待つことの難しさや大切さ、そして思いやりや感謝の気持ちがどのように人との関係を豊かにするかを間接的に学ぶことができます。
例えば、以下のような絵本がこのテーマに関連する学びを深める助けとなります。
- 『どうぞのいす』
- 著者:加古里子
- 出版社:福音館書店
- 書誌情報:1981年 ISBN 978-4834008557
- 内容:「どうぞのいす」に置いておいたものが、次にやってきた動物によって別のものに変わり、それがまた次の動物へと繋がっていく物語です。他者への配慮や共有の連鎖が描かれており、「どうぞ」という言葉と思いやりの気持ちが自然に伝わります。
- 『きかんしゃトーマス いつもてつだってくれるきみへ』
- 著者:ウィルバート・オードリー (原作), 桑田洋子 (訳)
- 出版社:ポプラ社
- 書誌情報:2022年 ISBN 978-4591174607
- 内容:人気キャラクターたちが、互いに助け合い、順番を守り、感謝の気持ちを伝え合う姿が描かれています。子供たちが親しみやすいキャラクターを通して、具体的な協力や思いやりの行動、それに対する感謝を学ぶことができます。
- 『ならんでならんで』
- 著者:おーなり由子
- 出版社:講談社
- 書誌情報:2001年 ISBN 978-4062780147
- 内容:様々な生き物が順番に並んでいく様子がユーモラスに描かれています。単純な繰り返しの中に「順番」というルールの存在とその受け入れ方を自然に示唆します。
これらの絵本は、物語を通して子供たちが「貸してあげるってどんな気持ち?」「順番を守らなかったらどうなるかな?」「待ってくれたお友達にどんな言葉をかけよう?」と考えるきっかけを提供します。
保育現場での実践的な活用
絵本でテーマに触れた後、保育現場では具体的な活動を通して子供たちの理解を深めることができます。
- 絵本に関連する遊び:
- 「どうぞのいす」遊び: 実際の椅子を用意し、絵本のように物を置いて次の人に譲る遊びをします。物の受け渡し時に「どうぞ」「ありがとう」の言葉を意識的に使うように促します。
- 順番待ちゲーム: 簡単なルールのあるゲーム(例:玉入れ、滑り台)で、自然な流れの中で順番に並ぶ経験を促します。待っている間に歌を歌ったり、手遊びをしたりすることで、待つ時間を楽しいものにする工夫も有効です。
- 貸し借りコーナーの設定: おもちゃの一部を「貸し借りコーナー」として区切り、子供同士で「貸して」「いいよ」「ありがとう」「返すね」のやり取りを促す環境を作ります。保育者はその様子を見守り、必要なサポートや声かけを行います。
- 日常の場面での声かけ:
- おもちゃの貸し借りや遊具の順番待ちなど、日常の様々な場面で子供たちの肯定的な行動(貸してあげた、順番を守った、待っている友達に声をかけたなど)に具体的に言葉を添えて認めます。「〇〇くんが貸してくれて嬉しかったね、△△くん」「よく順番待てたね、えらいね」といった声かけは、子供が自分の行動とその結果を認識する助けとなります。
- もしトラブルが起きた場合でも、一方的に叱るのではなく、それぞれの気持ちを丁寧に聞き取り、言葉にする手伝いをします。「〇〇くんはまだ使いたかったんだね」「△△くんも使いたかったんだね、どうしたらみんなで気持ちよく使えるかな?」のように、共感を示しながら解決策を共に探る姿勢が大切です。
これらの活動や声かけを通して、子供たちは「貸し借り」や「順番待ち」が単なるルールではなく、互いを尊重し、思いやるための行動であることを体感的に学んでいきます。
保護者との連携
子供たちの「貸し借り」や「順番待ち」に関する学びは、家庭での実践と連携することでより深まります。
- 絵本の紹介: 保育室で読んだ絵本や、関連するテーマの絵本を保護者に紹介し、家庭でも一緒に読むことを勧めます。絵本を通して、子供と「貸し借りって難しいけど楽しいね」「待つのってドキドキするけど、順番が来ると嬉しいね」といった会話をするきっかけを提供できます。
- 家庭での実践例の提案: 家庭にあるおもちゃの貸し借り、食事の準備や片付けの順番、公園の遊具での順番待ちなど、家庭内や身近な場所での「貸し借り」や「順番待ち」の機会を大切にすること、そしてその際に子供の頑張りや思いやりの行動を具体的に褒めることの重要性を伝えます。
- 保護者自身の関わり方: 子供が友達や兄弟姉妹との間で貸し借りや順番待ちでトラブルになった際に、頭ごなしに指示するのではなく、子供たちの気持ちに寄り添いながら解決をサポートすることの有効性を伝えます。保護者自身が思いやりを持って他者と関わる姿を見せることも、子供にとって最良の学びとなります。
まとめ
「貸し借り」や「順番待ち」は、子供たちが社会生活の基本を学び、他者との円滑な関係性を築く上で不可欠な経験です。これらの日常的なやり取りの中に、感謝と思いやりの心を育む大切な種が隠されています。絵本を導入として子供たちの興味を引き出し、保育現場での具体的な活動や丁寧な声かけを通して学びを深め、さらに家庭との連携を図ることで、子供たちの豊かな心の成長を多角的に支援することができます。日々の保育の中でこれらの機会を積極的に捉え、子供たちが互いを大切にし、感謝し合える関係性を築くサポートを続けることの意義は大きいと言えます。