感謝の気持ちを行動で伝える力を育む 絵本と遊びを通じた思いやりの保育
感謝の気持ちを行動で表すことの教育的意義
感謝の気持ちは、人の心に温かさをもたらし、他者との繋がりを深める重要な要素です。幼児期において、この感謝の気持ちを内面に育むことはもちろん大切ですが、それを言葉や行動で表現する力を培うことは、さらに豊かな人間関係を築く上で不可欠となります。単に「ありがとう」と伝えるだけでなく、相手のために何かをしたり、助け合ったりといった「感謝を行動で示す」経験は、子どもたちの共感性や思いやりの心を育む上で大きな意味を持ちます。
感謝を行動で示すことは、相手への配慮や貢献という形で現れます。これは、自分以外の他者の存在や行為に気づき、それに対する肯定的な感情を抱き、さらにその感情を具体的な行いとして還元するという複雑な心の働きを伴います。この一連のプロセスは、自己中心性から脱却し、他者視点を持つこと、そして社会の一員としての役割を理解することへと繋がります。
保育現場では、子どもたちが日々の生活や遊びの中で、このような感謝の気持ちを行動に移す機会を意図的に設けることが重要です。絵本の読み聞かせや、みんなで協力する遊びなどは、感謝を行動で表現することの意味や喜びを学び、実践する格好の機会となります。
絵本で学ぶ感謝の行動とその影響
感謝を行動で表すことの温かさや、それが周囲にどのような影響を与えるかについて、絵本は子どもたちに分かりやすく伝える力を持っています。登場人物が感謝の気持ちを具体的な行動で示す物語を通して、子どもたちはその行動の価値や喜びを追体験することができます。
例えば、『ぐりとぐら』(福音館書店、作:中川李枝子、絵:山脇百合子)では、大きなかすてらを作って森の動物たちに分け与える場面があります。これは、自分たちの楽しみを他者と分かち合う、感謝の気持ちからくる行動と解釈することができます。動物たちが喜ぶ姿は、感謝の行動がもたらす良い影響を子どもたちに伝えます。
また、『どうぞのいす』(ひさかたチャイルド、作・絵:香山美子)では、動物たちが椅子の上に置かれたものを次の誰かのために置き換えていくリレー形式の物語です。これは、他者への配慮や感謝の気持ちが具体的な行動として連鎖していく様子を描いており、子どもたちは「誰かのために何かをする」ことの温かさを感じ取ることができます。
これらの絵本を読み聞かせる際には、登場人物の行動に注目し、「なぜこんなことをしたのかな?」「これを見たお友達はどう思ったかな?」などと問いかけることで、子どもたちが感謝の行動とその影響について深く考えるきっかけを与えることができます。読み聞かせの後には、絵本の内容にちなんで「〇〇ちゃんにありがとうの気持ちを込めて、一緒に片付けをしようか」のように、絵本の世界と実際の行動を結びつける声かけも有効です。
遊びの中で感謝の行動を育む
遊びは、子どもたちが自発的に学び、成長する最も自然な方法です。遊びの中に感謝の気持ちを行動で表す機会を組み込むことで、子どもたちは楽しみながらこの重要なスキルを習得することができます。
共同製作や積み木遊びなど、複数の子どもが協力して何かを作り上げる遊びは、互いの貢献に気づき、感謝する絶好の機会です。「〇〇君がこのブロックを貸してくれたから、こんなに高いタワーができたね。ありがとうの気持ち、どうやって伝えようか?」といった声かけは、具体的な感謝の行動(例えば、次に自分が何かを貸してあげる、手伝うなど)に繋がる思考を促します。
役割遊びの中でも、感謝を行動で示す場面を設定できます。「お店屋さんごっこ」で、お客さんが店員さんにお金を渡し、商品を受け取る際に「ありがとう」と感謝の言葉を言うだけでなく、店員さんが商品を丁寧に渡す、お客さんが受け取った後に大切そうに扱う、といった一連のやり取りの中に感謝や配慮の行動を含めるように働きかけます。保育者は、このような行動が見られた際に具体的に褒め、「〇〇ちゃんが優しく渡してくれたから、〇〇君は嬉しい気持ちになったね」と、行動が他者に与える影響を伝えることが大切です。
また、当番活動や簡単な手伝いを導入する際にも、感謝を行動で表す機会が生まれます。テーブルを拭いたり、おもちゃを片付けたりといった活動は、クラスのみんなのために行う行動であり、これに対して他の子どもや保育者が感謝の言葉や笑顔を返すことで、自分の行動が他者に喜ばれる経験をします。これにより、「誰かの役に立つこと=感謝されること」という肯定的な結びつきが生まれ、進んで貢献しようとする意欲が育まれます。
家庭との連携と保護者への提案
保育園での取り組みを家庭と共有し、連携することは、子どもたちの感謝や思いやりの心をより豊かに育む上で非常に効果的です。保護者に対して、保育園でどのような絵本を読んだか、どのような遊びを通して感謝の行動について学んだかなどを伝えることで、家庭でも同様の視点を持って子どもと関わることを促せます。
保護者への提案としては、以下のような具体的な方法が考えられます。
- 日常の中の小さな感謝を行動で表す機会を作る: 食事の準備や片付けを手伝ってもらった際に、「ありがとう、助かるよ」と具体的に伝え、子どもにも「お片付けしてくれてありがとう」と家族に伝えるように促す。また、子どもがお手伝いをした際には、単に褒めるだけでなく「〇〇がこれをしてくれたおかげで、ママ/パパは助かったよ」と、行動がもたらした具体的な貢献を伝える。
- 絵本を一緒に読み、登場人物の気持ちや行動について話し合う: 保育園で紹介された絵本を家庭でも読み、「このクマさんは、どうしてうさぎさんのためにこんなことをしたのかな?」「もし〇〇ちゃんだったら、どうする?」などと、子どもの考えを引き出す対話を行う。
- 「ありがとう交換」を取り入れる: 家族間で、その日に相手にしてもらった嬉しいことや感謝していることを発表し合い、「ありがとう」を伝える時間を持つ。これは言葉だけでなく、簡単な手紙や絵、または小さな手伝いといった「行動」で伝える練習にもなります。
- 誰かのために何かをする経験を意図的に作る: 家族以外の人(祖父母、近所の人、地域の清掃活動など)に対して、感謝の気持ちや思いやりを行動で示す機会を作る。例えば、祖父母に手作りのプレゼントを贈る、近所にごみがないか見てみる、といった活動です。
これらの働きかけを通して、子どもたちは感謝の気持ちを行動で表現することが、自分自身だけでなく、周りの人々をも幸せにすることに気づき、進んで思いやりのある行動をとるようになります。
まとめ
感謝の気持ちを言葉だけでなく行動で表現する力は、子どもたちが他者と良好な関係を築き、社会の一員として貢献していく上で非常に重要な基盤となります。絵本は、感謝の行動がもたらす温かさやポジティブな影響を物語を通して伝え、子どもたちの共感性や意欲を引き出します。また、遊びは、感謝を行動で実践し、その喜びを体験する場となります。
保育者は、絵本や遊び、そして日々の生活の中のあらゆる機会を捉え、子どもたちが感謝の気持ちに気づき、それを具体的な行動として表現できるよう、意図的な働きかけを行うことが求められます。家庭との連携も図りながら、子どもたちの心の中に芽生えた感謝の種を、豊かな思いやりの行動として花開かせることができるよう、温かく見守り、サポートしていくことが大切です。このような経験の積み重ねが、子どもたちの健やかな心の成長に繋がり、未来を生きる上での確かな力となっていくことでしょう。