ごっこ遊びを通した他者理解と感謝 絵本と保育で深める役割への気づき
ごっこ遊びが育む他者への理解と感謝の心
幼児期における「ごっこ遊び」は、子供たちの認知能力や社会性の発達において極めて重要な役割を果たします。単に目の前の模倣を行うだけでなく、特定の役割になりきり、その役割に応じた行動や思考を試みる過程は、他者の立場や気持ちを理解する第一歩となります。この他者理解の深化は、感謝や思いやりの心の芽生えと密接に関わっています。
子供たちはごっこ遊びを通して、様々な職業や社会的な役割が存在することを知り、それぞれの役割が持つ責任や他者への貢献に気づき始めます。例えば、お店屋さんごっこでお客さんの役割を演じることで、店員さんが商品を準備し、丁寧に対応してくれることへの気づきが生まれるかもしれません。また、お医者さんごっこで患者さんの役割を演じることで、お医者さんや看護師さんが自分のために尽力してくれることへの理解が深まる可能性があります。このような体験は、当たり前と思っていた日常の中に、他者の存在や努力があることに気づかせ、「ありがとう」という感謝の気持ちを育む基盤となります。
ごっこ遊びが育む具体的な力
ごっこ遊びは、感謝や思いやりの心を育む上で、以下のような具体的な力を子供たちにもたらします。
- 他者の視点取得の促進: 自分以外の誰かの立場になりきることで、「この人はどう感じているのだろう」「何を考えているのだろう」と想像する機会が得られます。これは、共感性の発達に不可欠な能力です。
- 役割への気づきと理解: 社会には様々な役割があり、それぞれが interdependent(相互依存的)に関わり合っていることを感覚的に理解します。
- 貢献への意識: 自分が演じる役割を通して、他者に対して何かを提供したり、役に立ったりする経験をします。また、他者が自分や仲間のために貢献してくれている場面に気づくことで、その働きかけに対する感謝の気持ちが芽生えます。
- コミュニケーション能力の向上: 役割に応じた言葉遣いや態度を使い分ける練習をすることで、他者との円滑なコミュニケーションを図るスキルが向上します。これもまた、思いやりを行動で示すために必要な力です。
ごっこ遊びを深める絵本とその活用
ごっこ遊びへの興味を引き出し、他者理解や感謝の心を育むには、関連する絵本が有効な導入となります。様々な職業や役割が登場する絵本、助け合いや感謝がテーマの絵本は、子供たちが遊びの世界を広げ、登場人物の気持ちや役割について考えるきっかけを与えてくれます。
例えば、以下のような絵本はごっこ遊びや他者理解に繋がる示唆を与えてくれます。
- 『いろいろおせわになりました』 (作:神沢利子 / 絵:岩崎ちひろ、偕成社): 身の回りにある物や自然への感謝をテーマにしていますが、これらを扱う人の存在や、それらがどのようにして自分の手元に届くのかを考えるきっかけにもなります。
- 『せんせいあのね』 (作:神沢利子 / 絵:古田足日、理論社): 子供たちの日常の気づきや思いが詰まった詩集ですが、他者(先生や友達、身の回りの人々)との関わりの中で生まれる気持ちを表現する力を育み、相手の気持ちに思いを馳せることの大切さを伝えます。
- 『おばけやさん』シリーズ (作・絵:宮西達也、ポプラ社): ファンタジーの世界観ながら、お店屋さんという役割を通して、お客さんとのやり取りや、相手を喜ばせることの楽しさが描かれており、ごっこ遊びへの意欲を高めます。
- 『はたらくくるま』などの職業紹介絵本: 具体的な職業の役割や仕事内容を知ることで、それらの仕事が社会でどのように役立っているかを理解し、その働きに対する尊敬や感謝の気持ちを育む導入となります。
これらの絵本を読む際には、登場人物の気持ちや、彼らがどのような役割を果たしているかに焦点を当てて問いかけることが効果的です。「このお医者さんは、どんな気持ちでお友達を看病しているのかな」「パン屋さんは、どんな風にパンを作ってくれているのかな」といった問いかけは、子供たちが他者の内面や行動の背景に目を向けることを促します。
保育現場での実践ポイント
ごっこ遊びを単なる模倣で終わらせず、他者理解や感謝の心を育む学びの機会とするためには、保育者の意図的な関わりが重要です。
- 環境設定: 子供たちが様々な役割を自由に演じられるよう、小道具(エプロン、帽子、道具に見立てる物など)や設定(お店屋さん、お医者さん、電車など)を豊富に準備します。子供たちの興味に基づいた設定を取り入れることが、主体的で深い遊びに繋がります。
- 導入と展開: 絵本や実体験(散歩で見た郵便屋さん、買い物に行ったお店など)を導入として、ごっこ遊びの世界に入り込みます。遊びの中で、意図的に様々な役割が体験できるよう、声かけや場面設定を工夫します。
- 子供たちの気づきを引き出す関わり: 遊びの中で、子供たちが他者の役割や行動に気づいた時に、「○○ちゃんがお客さんで来てくれたね、ありがとうって言ってもらえてどんな気持ちがする?」「△△君が困っていたのを助けてあげて、どんな気持ち?」など、感情や役割、他者への働きかけに焦点を当てた言葉かけを行います。
- 遊びの振り返り: 遊びの後で、「今日のごっこ遊びで楽しかったことは何?」「誰がどんな役割をしてくれたかな?」「その役割の人は、どんなことをしてくれたの?」など、役割や他者との関わりに焦点を当てて振り返る時間を持つことで、遊びの経験を学びとして定着させます。この際、「〇〇さんが□□してくれて助かったね。ありがとうだね」といった具体的な感謝の言葉や行動に気づかせることも有効です。
- 保護者との連携: ごっこ遊びでの子供たちの様子や、他者への関わりにおける成長を保護者に伝え、家庭でも同様の遊びや関わりを取り入れてもらうよう提案します。例えば、「今日、〇〇君がお医者さん役で、お友達の具合を気遣ってくれたんですよ」「お店屋さんごっこで、お客さんに『ありがとう』と言われて嬉しそうでした」など、具体的なエピソードを共有することが保護者の理解と協力を得やすくします。
保護者へ伝える際の視点
保護者に対しては、家庭でのごっこ遊びの機会を大切にすること、そして日常の中で他者の役割や貢献に目を向け、感謝の気持ちを言葉や行動で伝えることの重要性を伝えることができます。
- 家庭でのごっこ遊び: 家庭にある物を使って、様々な役割になりきって遊ぶことの楽しさと、それが子供の社会性や想像力を育むことに繋がることを伝えます。親子で役割を交代しながら遊ぶことも有効です。
- 日常の「ありがとう」: 宅配員さん、お店の人、バスの運転手さんなど、子供たちの生活に関わる様々な人々の仕事について話し、感謝の気持ちを伝える機会を持つよう促します。「〇〇さんが届けてくれたおかげで、欲しい物が買えたね。ありがとうだね」「バスの運転手さんが安全に運転してくれたおかげで、幼稚園に行けるね」といった具体的な声かけを提案します。
- 家族の中での役割: 家族一人ひとりが果たしている役割(例:お父さんやお母さんが仕事をしてお金を稼ぐ、ご飯を作る、洗濯をする、子供の世話をするなど)について話し、それぞれの役割への感謝を言葉や行動で伝え合うことの重要性を伝えます。子供自身にも、自分ができること(おもちゃを片付ける、食卓の準備を手伝うなど)で家族に貢献する機会を与えることの意義を共有します。
結論
ごっこ遊びは、子供たちが楽しみながら他者の世界に触れ、多様な役割が存在することを知る貴重な機会です。この遊びを通して、子供たちは他者の視点に立つ練習をし、様々な人が自分のために、そして社会のために貢献していることに気づき始めます。その気づきこそが、感謝や思いやりの心の揺るぎない土台となります。絵本を活用し、保育者が意図的に関わることで、ごっこ遊びはさらに豊かな学びへと深まります。この実践を通して、子供たちが他者を敬い、感謝の気持ちを持ち、互いに思いやりながら生きていくための確かな一歩を踏み出すことを支援していきたいと考えています。