絵本で育む感情認識と他者理解 感謝と思いやりの保育ガイド
幼児期の子供たちの心の成長において、自分の感情に気づき、それを理解する力、そして他者の感情や考えを推測し理解する力は、感謝や思いやりの心を育む上での重要な基盤となります。これらの力は、単に他者との良好な関係を築くだけでなく、自己肯定感や社会性の発達にも深く関わっています。感情認識と他者理解は、子供たちが自分と他者は異なる存在であること、それぞれの内面には多様な感情があることを学ぶプロセスであり、この学びを通して、自然と感謝や思いやりの気持ちが育まれていきます。
感情認識と他者理解の重要性
子供たちは成長の過程で、様々な感情を経験します。喜び、怒り、悲しみ、不安など、多様な感情に触れる中で、それらがどのような感覚であるのか、どのような状況で生じるのかを徐々に学んでいきます。この「自分の感情を認識する」力は、感情を適切に表現したり、調整したりするための第一歩です。
同時に、他者との関わりを通して、自分以外の人が自分とは異なる感情を持っていることを学びます。相手の表情、声のトーン、行動などから、その人がどのような気持ちでいるのかを推測する経験を重ねることで、「他者の感情を理解する」力が育まれます。この他者理解は、共感へと繋がり、相手の立場に立って物事を考え、配慮する、すなわち思いやりの行動の源となります。
感謝の気持ちもまた、他者理解と深く結びついています。誰かが自分のために何かをしてくれたとき、その行動の裏にある意図や労力を理解することで、「ありがとう」という感謝の念が自然に生まれます。このように、感情認識と他者理解は、感謝や思いやりといった向社会的な感情や行動の発達に不可欠な要素なのです。
感情認識と他者理解を育む絵本の活用
絵本は、子供たちが感情の世界に触れ、様々な感情を安全な環境で体験するための優れたツールです。物語を通して、登場人物の感情の動きを追体験したり、状況に応じた感情表現を学んだりすることができます。
自分の感情に気づく絵本
自分の感情に気づくことを助ける絵本は、子供たちが自分自身の内面に関心を向けるきっかけとなります。
- 『きもち』 (ミライノ本屋) 様々な感情を表す抽象的な絵と短い言葉で、子供たちが自分の内側の感覚に名前をつける手助けをします。絵を見ながら「これってどんな気持ちかな?」と問いかけることで、感情を言葉にする練習になります。
- 『わたしのきもち』 (作:谷川俊太郎、絵:中村悦子、福音館書店) 多様な「きもち」がリズミカルな言葉と絵で表現されています。嬉しい、かなしいといった基本的な感情から、ちょっと複雑な感情までが描かれており、子供たちは共感したり、自分の中に同じ気持ちがあることに気づいたりします。
これらの絵本は、読み聞かせの際に「〇〇ちゃんは、この気持ちになったことある?」「どんな時にそうなるかな?」などと問いかけ、子供自身の経験と結びつけることで、感情認識を深めることができます。
他者の感情を推測し理解する絵本
他者の感情を理解することを促す絵本は、登場人物の立場になって気持ちを想像する機会を提供します。
- 『どうぞのいす』 (作:香山美子、絵:柿本幸三、ひさかたチャイルド) 森の動物たちが、うさぎさんが作った「どうぞのいす」に物を置いていくストーリー。次にやってきた動物がそれをもらって、別の物を置いていく連鎖が描かれます。登場人物それぞれの行動の意図や、それを受け取った側の気持ちを想像することで、相手への思いやりや感謝の気持ちが生まれるプロセスを間接的に学びます。
- 『これはあいてる?』 (作・絵:中川ひろたか、村上康成、自由国民社) 動物たちが椅子に座ろうとしますが、様々な理由で座れなかったり、譲り合ったりする様子が描かれます。それぞれの動物の表情や状況から「どんな気持ちかな?」と考えることで、他者の立場や感情を推測する練習になります。
これらの絵本を読む際は、単に物語を追うだけでなく、「この時、〇〇くんはどんな気持ちだったと思う?」「どうしてそうしたのかな?」などと、登場人物の気持ちや行動の理由について子供と一緒に考える時間を持つことが有効です。
保育現場での実践例
絵本で触れた感情や他者理解のテーマを、日々の保育活動に繋げることが重要です。
- 感情カード・表情遊び: 絵本に登場した感情の言葉(嬉しい、悲しい、怒っているなど)と表情を描いたカードを用意し、感情の名前を当てたり、同じ表情をしてみたりする遊びを取り入れます。これにより、感情とその表現を結びつけて理解を深めます。
- 役割遊び: 子供たちが様々な役になりきって遊ぶ中で、「〇〇ちゃんの気持ちになって考えてみよう」「どうして▲▲ちゃんは泣いちゃったのかな?」などと、意図的に他者の気持ちを考えるような言葉がけを行います。
- 日常の言葉がけ: 保育中の様々な場面で、子供たちの感情や他者の感情について具体的に言葉をかけます。「〇〇ちゃん、△△ができて嬉しかったね」「今、××くんは□□な気持ちみたいだよ」など、感情を言葉で表現することを促し、他者の感情に気づかせます。
- 話し合いの時間: 友達との小さなトラブルがあった際など、一方的に叱るのではなく、「あの時、〇〇ちゃんはどんな気持ちだったかな?」と、トラブルに関わった子供たちそれぞれが、自分の気持ちや相手の気持ちを言葉にする機会を設けます。
保護者への提案に役立つ視点
幼稚園教諭が保護者へ、家庭での感情認識・他者理解を育む働きかけについて提案する際に役立つ視点を提供します。
- 絵本を通じた対話: 紹介したような感情や他者理解に関する絵本を家庭で読み聞かせ、絵本の登場人物の気持ちについて親子で話し合うことを提案します。「もしあなたがこの子の立場だったら、どう思うかな?」といった問いかけは、子供が他者の視点に立つ練習になります。
- 日常会話での感情の言葉がけ: 家庭での会話の中で、子供自身の感情や、家族の感情を言葉にして表現する習慣を促します。「今日〇〇ができて楽しかったね、嬉しい気持ちになったかな?」「お父さん/お母さんは、あなたが△△してくれて助かったよ、ありがとうね」など、ポジティブな感情も感謝と共に表現します。
- 簡単な役割交換遊び: 家庭内でできる簡単な役割遊び(例:お母さん役、赤ちゃん役)を通して、相手の立場になって考える経験を促します。
- 感謝の機会を作る: 家族がお互いにしてくれた小さなことに対して、「ありがとう」を伝え合う習慣を大切にすることの重要性を伝えます。誰かの行動が自分に喜びをもたらしたことを認識し、感謝の気持ちを表現することが、他者へのポジティブな関心を育みます。
まとめ
幼児期における感情認識と他者理解の発達は、子供たちが感謝や思いやりの心を育み、豊かな人間関係を築いていくための土台となります。絵本は、この重要な心の成長をサポートする素晴らしい教材です。ご紹介した絵本や実践例が、日々の保育や家庭での子供たちへの関わりにおいて、具体的なヒントとなることを願っています。子供たちが自分自身の感情に気づき、他者の心に寄り添う力を育むことは、将来にわたって彼らの心の健康と社会性の発展に貢献するでしょう。