絵本で育む「物を大切にする」心 感謝と思いやりの保育実践ガイド
子供たちの健やかな心の成長には、感謝や思いやりの気持ちを育むことが不可欠です。これらの感情は、他者との関わりの中で育まれるだけでなく、身の回りの物との向き合い方を通しても培われていきます。特に幼児期において、「物を大切にする」という行為は、単なる整理整頓や物を壊さないようにするという物理的な側面に留まらず、その物に関わった人への感謝や、物そのものへの愛着、そして限りある資源への配慮といった、豊かな心の育みに深く関わっています。
「物を大切にする」心が育む感謝と思いやり
物を大切にするという行為は、子供たちにいくつかの重要な気づきをもたらします。
まず、物にはそれを作った人、運んだ人、そして自分に与えてくれた人がいることを理解する機会となります。おもちゃ一つをとっても、工場の人が作り、お店の人が並べ、保護者や先生が手に入れてくれたものだと知ることで、その背後にある多くの人々の存在や労力に思いを馳せることができます。これは、感謝の気持ちの原点となります。
次に、物を大切に使うことで、物が長持ちし、再び使えることへの喜びを感じることができます。これは、物を消耗品としてではなく、共に時間を過ごす対象として捉える視点を養います。また、壊れてしまった物を修理しようと試みる過程は、困難に向き合う粘り強さや、再び使えるようになった時の達成感、そしてその物を再び使えるようにしてくれた人への感謝の気持ちを育みます。
さらに、公共の物や友達の物を大切に使う経験は、他者の所有物や共有物に対する配慮、つまり思いやりの心を育みます。自分だけのものではないという認識は、物を独占せず、皆で気持ちよく使うためのルールや譲り合いの精神を学ぶきっかけとなります。
これらの経験は、子供たちが自分の感情を理解し、他者の感情や立場を想像する共感性の発達にも繋がります。物を擬人化して「ありがとう」「ごめんね」といった言葉をかける遊びは、物への愛着を深めると同時に、見えないものに心を寄せる想像力を養います。
「物を大切にする」心を育む絵本の活用
「物を大切にする」というテーマは、多くの絵本で描かれています。物語を通して、子供たちは擬人化された物の気持ちに触れたり、物を大切に扱う登場人物に共感したりすることで、自然とその大切さを学び取ることができます。
具体的な絵本例
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『もったいないばあさん』シリーズ (真珠まりこ作・絵、講談社)
- まだ使える物を捨てようとしたり、食べ物を残したりする子供たちのところに「もったいないばあさん」が現れ、物を大切にすることの意味をユーモラスに教えてくれます。
- 教育的効果:物を最後まで使い切ること、食べ物を残さないことなど、具体的な「もったいない」行為を通して、物や資源への感謝の気持ちを育みます。子供たちが日常生活で直面しやすいシチュエーションが多く描かれているため、自分事として捉えやすくなります。
- 対象年齢:3歳頃から
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『こわれたせんたくき』 (作:さとう わきこ、絵:なかの ひろたか、福音館書店)
- 壊れてしまった古い洗濯機をめぐる物語です。長年家族のために働いてくれた洗濯機への愛着と、修理して再び使えるようになった時の喜びが描かれています。
- 教育的効果:古い物や壊れてしまった物にも価値があること、修理して使い続けることの温かさ、そして物への愛着が心の豊かさに繋がることを伝えます。修理してくれる人への感謝の気持ちも自然に感じ取ることができます。
- 対象年齢:4歳頃から
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『ずっといっしょだよ』 (作:ベッツィ・エヴァンス、絵:ベッツィ・エヴァンス、訳:福本友美子、岩崎書店)
- 古くなって穴があいたり色が褪せたりしたおもちゃのくまを、持ち主の女の子が大切に思い続ける物語です。
- 教育的効果:新しいものが次々と手に入る現代において、一つの物を長く愛し続けることの価値や、物に対する深い愛着が心の安定や自己肯定感に繋がる可能性を示唆します。思い出が詰まった物への感謝の気持ちを育みます。
- 対象年齢:3歳頃から
これらの絵本は、単に「物を壊しちゃいけないよ」と伝えるのではなく、物語を通して物に対する肯定的な感情や、物に関わる人々への感謝、そして物そのものへの愛着を育む手がかりとなります。
保育現場での実践
絵本を入り口として、「物を大切にする」心を育む活動を保育に取り入れることができます。
- 絵本後の話し合い: 読み聞かせの後、絵本に出てきた物や登場人物の気持ちについて子供たちと一緒に話し合います。「どうして〇〇ちゃんは洗濯機を大切にしたのかな?」「もしおもちゃが話せたら、どんな気持ちだと思う?」など、子供たちの共感や想像力を引き出す問いかけをします。自分たちの身の回りの物(おもちゃ、絵本、クレヨンなど)に置き換えて考える機会を設けることも有効です。
- 「おもちゃのお医者さん」ごっこ: 壊れたおもちゃを修理する体験を通して、物を直すことの大切さや難しさ、そして直してくれる人への感謝を感じる活動です。簡単なテープでの補修や、先生と一緒に木工用ボンドを使うなど、安全に配慮して行います。
- 「物のありがとう会」: クラスで大切にしているおもちゃや絵本などを一つ選び、それに感謝の気持ちを伝える活動です。子供たち一人ひとりが、その物との思い出や、大切に使っていることなどを発表する機会を設けます。
- 物の手入れ体験: 自分たちのロッカーや共有スペースの整理整頓、使った物の拭き掃除など、日常的な物の手入れを保育活動に取り入れます。単なるお片付けではなく、「〇〇さん、ありがとう」といった声かけをしながら行うことで、物への意識を高めます。
- リサイクル・アップサイクル活動: 不要になった箱や容器などを使って新しい物を作る活動は、資源を大切にすること、物の別の可能性に気づくこと、そして創造性を育む機会となります。
これらの活動は、子供たちの年齢や発達段階、クラスの状況に合わせて柔軟に調整することが重要です。例えば、年少クラスでは自分の持っている物への愛着を深めることから始め、年中・年長クラスでは共有物や公共の物への配慮、物を直すことへの挑戦といったテーマに広げていくことができます。
保護者への提案と連携
保育現場での取り組みと並行して、家庭での実践を保護者へ提案することは、子供たちの学びをより深める上で非常に有効です。
- 絵本の共有: 保育で読んだ絵本や、物の大切さをテーマにしたおすすめの絵本を保護者に紹介します。貸し出し制度などを利用して、家庭でも読み聞かせができるように促します。
- 家庭での「物を大切にする」実践の共有: 保護者向けのおたよりや懇談会などで、保育現場での取り組みを紹介し、家庭でできる簡単な活動を提案します。例えば、「おもちゃを一緒に拭いてみる」「破れた絵本を一緒にテープで直してみる」「使わなくなった物を家族でどうするか話し合ってみる」といった具体的なアイデアを伝えます。
- 感謝の気持ちを言葉にする機会: 保護者には、子供が物を大切に使っている場面を見かけたら、「〇〇くん、大切に使っているね、きっとおもちゃも喜んでいるよ」のように具体的に褒めることや、物をくれた人、作った人に感謝の気持ちを伝えることの大切さを伝えるよう促します。
- 家族で物を共有する経験: 兄弟や親子で物を共有し、譲り合ったり大切に扱ったりする経験は、思いやりの心を育む貴重な機会となります。
まとめ
「物を大切にする」という日常的な行為は、子供たちの心の中に感謝と思いやりの種を蒔き、育むための素晴らしい機会となります。絵本を活用し、保育現場での具体的な活動や家庭との連携を通して、子供たちは物に対する愛着や、それに関わる人々への感謝、そして限りある資源への配慮を自然と学び取っていきます。これらの経験は、子供たちが他者を思いやり、社会の中で共に生きる上で基盤となる豊かな心を育むことに繋がります。日々の保育の中で、子供たちが身の回りの物と丁寧に関わる時間を大切にすることで、その心の成長を温かく見守ることができるでしょう。