小さな親切の実践が育む感謝と思いやりの心 絵本と保育でのアプローチ
小さな親切が育む幼児期の豊かな心
幼児期は、子供たちが他者との関わりの中で様々な感情や社会的なルールを学び、心の基盤を形成する重要な時期です。この時期に育みたい大切な資質の一つに、感謝と思いやりの心があります。そして、これらの心を育む上で、「小さな親切」を実践する経験は非常に有効な機会となります。
小さな親切とは、特別なことではなく、日常生活の中での挨拶や譲り合い、困っている人に手を差し伸べること、相手の気持ちを想像した行動など、身近でささやかな行為を指します。子供たちがこうした小さな親切を体験し、それによって自分や相手の心がどのように動くかを感じ取ることは、感謝や思いやりの心を内面化していく過程で不可欠なステップと言えます。
小さな親切が子供の心にもたらす効果
子供が小さな親切を実践し、あるいは誰かから小さな親切を受ける経験は、彼らの心の成長に多角的に働きかけます。
- 感謝の心の芽生え: 親切にされた側は、「ありがとう」という感謝の気持ちを抱きます。また、自分が親切を行った結果、相手が喜ぶ姿を見ることで、自分の行動が他者に良い影響を与えたことを知り、その喜びや達成感と共に、感謝されることの意味を理解し始めます。
- 思いやりと共感性の発達: 他者が困っている状況に気づき、「どうしたら助けられるかな」と考えるプロセスは、相手の気持ちを想像し、共感する力を育みます。小さな親切の実践は、この思いやりを具体的な行動に移す練習となります。
- 自己肯定感の向上: 自分の行動が誰かの役に立った、喜ばれたという経験は、「自分には人の役に立つことができる力がある」という肯定的な自己認識を育みます。
- 良好な人間関係の構築: 小さな親切の積み重ねは、子供同士や大人との間に信頼関係を築き、心地よい人間関係を育む土台となります。
これらの心の動きは、今後の社会生活を送る上での重要な基礎となります。
小さな親切について考える絵本
小さな親切や助け合い、他者を思う気持ちを描いた絵本は、子供たちがこれらの概念を理解し、自身の経験と結びつける手助けとなります。ここでは、特におすすめの絵本をいくつかご紹介します。
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『ちょっとだけ』
- 滝村雅子 作, 鈴木永子 絵
- 福音館書店, 1989年
- 対象年齢目安: 3歳から
- 内容と教育的価値: 幼い妹の世話を「ちょっとだけ」引き受けるお姉ちゃんの姿が描かれています。最初は気が進まなかったお姉ちゃんですが、妹が安心して眠る姿を見て温かい気持ちになります。この絵本は、家族の中での役割や、最初は義務と感じることでも、実践することで相手への愛情や自身の充足感につながることを伝えます。具体的な「お手伝い」や「世話」という小さな親切を通じて、他者への貢献や内的な満足感を学ぶきっかけを提供します。
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『ともだちくるかな』
- 内田麟太郎 作, 降矢なな 絵
- 偕成社, 1999年
- 対象年齢目安: 4歳から
- 内容と教育的価値: 友達のキツネが遊びに来る約束を思い出し、オオカミが心を込めてケーキを焼く物語です。友達を喜ばせたい一心で行動するオオカミの姿は、他者を思う純粋な気持ちや、誰かのために何かをすることの喜びを表現しています。結果として友達は来られなかったものの、オオカミの行動そのものが持つ価値を描き、見返りを求めない親切の美しさを伝えます。
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『どうぞのいす』
- 香山美子 文, 柿本幸造 絵
- ひさかたチャイルド, 1981年
- 対象年齢目安: 3歳から
- 内容と教育的価値: ロバさんが作った「どうぞのいす」に、動物たちが次々とやってきては、置いてあるものを持ち去り、代わりに何かを置いていくという連鎖が生まれます。この絵本は、自分が得たものを他者と分かち合うこと、そして親切が親切を呼び、温かい繋がりが広がっていく様子を描いています。「どうぞ」という言葉に象徴される利他的な行為が、巡り巡って自分にも返ってくるという、思いやりと分かち合いの精神を自然に学ぶことができます。
これらの絵本は、子供たちが物語の世界に入り込み、登場人物の気持ちに寄り添うことで、親切の具体的な形やその背後にある心の動きを感じ取るのに役立ちます。
保育現場での具体的なアプローチ
絵本を活用し、子供たちの間で小さな親切の実践を促すためには、いくつかの具体的な方法が考えられます。
- 絵本を読んだ後の対話: 絵本を読み聞かせた後、「このとき、〇〇ちゃん(登場人物)はどんな気持ちだったかな?」「どうしてこの動物は〇〇ちゃんにこれをあげたのかな?」「もし自分が〇〇ちゃんだったら、どんな気持ちになるかな?」など、登場人物の気持ちや行動の理由について問いかけることで、子供たちの共感性を引き出し、小さな親切の意味について考えるきっかけを与えます。
- 役割遊びやごっこ遊びへの展開: 絵本の内容を取り入れたり、日常生活での「小さな親切」のシーン(例: 友達がこけてしまったとき、荷物をたくさん持っている先生、など)を想定したごっこ遊びを行うことで、子供たちは安全な環境で親切の行動を試み、その結果を体験することができます。
- 日常的な声かけと肯定的なフィードバック: 子供たちが自然に小さな親切(例: 友達におもちゃを貸す、落とし物を拾う、使ったものを元の場所に戻す、挨拶をする)をしたときに、「〇〇君、〇〇ちゃんに貸してあげて、優しいね」「△△さんが困っていることに気づいて、お手伝いしようとしていて立派だね」など、具体的な行動を言葉にして認め、褒めることが重要です。この肯定的なフィードバックが、子供たちの「またやってみよう」という意欲につながります。
- 「親切貯金」や「ありがとうの木」などの可視化: クラス全体で「親切貯金」(親切な行動をしたら積み木を一つ積むなど)や、「ありがとうの木」(ありがとうを言ったり言われたりしたら葉っぱのカードを貼るなど)といった活動を取り入れ、小さな親切や感謝の気持ちを形にして可視化することで、子供たちは自分たちの行動がクラス全体に良い影響を与えていることを実感しやすくなります。
これらのアプローチを通じて、子供たちは小さな親切が特別な行動ではなく、日常生活の中に自然に存在するものとして捉え、自ら実践しようとする姿勢を育んでいくでしょう。
家庭での実践への提案と保護者との連携
子供たちの感謝と思いやりの心を育むためには、家庭での協力も不可欠です。保育者が保護者に対して、絵本の内容や保育での取り組みを共有し、家庭でできる簡単な実践を提案することは、子供の一貫した心の成長を支える上で有効です。
- 絵本の紹介と読み聞かせの推奨: 保育で読んだ絵本を紹介し、家庭での読み聞かせを推奨します。絵本を通して子供と「小さな親切」や「ありがとう」について話す時間を設けてもらうよう促します。
- 家庭での「小さな親切」のヒント: 家族へのお手伝い(食事の準備や片付け、部屋の片付けなど)、困っている家族に声をかける、近所の人への挨拶、公共の場でのマナーを守ることなど、家庭で日常的にできる「小さな親切」の具体例を伝えます。
- 親自身が手本を示す: 親が子供の前で家族や他者に対して感謝の言葉を伝えたり、親切な行動を実践したりすることの重要性を伝えます。子供は親の行動を模倣しながら学びます。
- 子供の親切な行動を具体的に褒める: 家庭でも、子供が小さな親切をした際には、具体的にその行動を言葉にして褒めること(例: 「〇〇ちゃんが落ちたおもちゃを拾ってあげて、優しいね」「お母さんが疲れている時に、自分で着替えられて助かったよ、ありがとう」)が、子供の意欲を高めることを伝えます。
保護者との連携を通じて、家庭と保育園が一体となって子供の心の成長をサポートする体制を築くことが、感謝と思いやりの心を育む上で非常に重要となります。
結びに
「小さな親切」の実践は、幼児期の子供たちが感謝と思いやりの心を自然に育むための具体的で効果的な方法の一つです。絵本を通じてこれらの心の動きや行動の意味を学び、保育現場や家庭での日常的な関わりの中で実際に体験することで、子供たちは他者を尊重し、社会の中で共に生きる上での大切な基盤を築いていきます。子供たちの心の中に芽生えた親切の種を、日々の温かい声かけと経験によって大切に育てていくことが求められます。