小さな幸せに気づく心 毎日の中の感謝を見つける絵本と保育
日常の「当たり前」に気づくことの重要性
子供たちの健やかな心の成長において、感謝の気持ちを育むことは重要な要素の一つです。感謝は、自分自身の幸福感を高めるだけでなく、他者への思いやりや社会性、自己肯定感にも深く関わります。特に幼児期においては、身近な人や物、出来事への感謝から始まり、徐々にその対象を広げていくことが大切です。
しかし、私たちの日常生活には、水が出る、電気がつく、食べ物がある、安全な場所で過ごせる、といった、ともすれば「当たり前」として見過ごされがちな恵みが数多く存在します。これらの日常の中に隠された「小さな幸せ」や「当たり前の恵み」に気づくことは、子供たちが世界に対する肯定的な見方を持つための基盤となり、感謝の心をより豊かに育むことに繋がります。
この記事では、日常の「当たり前」に気づき、それに感謝する心を育むために有効な絵本や、保育現場および家庭で実践できる具体的なアプローチについて考察します。
幼児期における日常への気づきと感謝
幼児期は、周囲の世界に対する好奇心が旺盛になり、五感を通して様々なことを吸収する時期です。この時期に、身の回りの「当たり前」に意識を向けることは、観察力を養い、日々の生活の中にある小さな変化や恵みを発見する喜びを知ることに繋がります。
例えば、雨上がりの水たまり、道端に咲く小さな花、給食で提供される温かい食事、友達が隣に座ってくれたこと。これらは特別な出来事ではないかもしれませんが、一つ一つに気づき、「ありがたいな」「嬉しいな」と感じる経験を重ねることで、感謝の芽が育まれます。
こうした経験は、単に感謝の気持ちを育むだけでなく、自己肯定感を高める効果も期待できます。「自分はこんなにも恵まれている」「日々の生活には良いことがたくさんある」と感じることは、自分自身の存在を肯定的に捉えることに繋がります。また、身の回りのものや人への感謝は、それらを大切にしよう、関わる人を思いやろうという気持ちにも発展していく可能性を秘めています。
日常の恵みに気づかせる絵本の力
日常の「当たり前」に目を向け、それに感謝する心を育む上で、絵本は非常に有効なツールです。絵本の中に描かれる登場人物の営みや、身近な自然、日々の出来事は、子供たちが自分自身の生活と照らし合わせ、新たな視点を得るきっかけとなります。
いくつかの絵本を例に挙げ、その教育的効果を考察します。
- 『せんたくかあちゃん』 (作:さとうわきこ / 出版社:福音館書店) この絵本は、豪快な「かあちゃん」が洗濯をする日常の風景を描いています。洗濯という当たり前の家事が、力強く、そして楽しげに描かれることで、子供たちは日々の暮らしの中にある営み自体に面白さや価値があることに気づく可能性があります。当たり前の日常が豊かに描かれていることは、「自分の毎日の生活も悪くないな」という肯定的な感覚や、家事をしてくれる人への感謝に繋がるかもしれません。
- 『どうぞのいす』 (作:香山美子 / 絵:柿本幸三 / 出版社:福音館書店) うさぎさんが作った「どうぞのいす」に、動物たちがそれぞれ食べ物を置いては去り、次の動物がそれを見つけて座り、持っていた別の食べ物と交換していく、という物語です。この絵本は、直接的な「ありがとう」の言葉は少なくても、善意が連鎖していく様子が描かれています。見知らぬ誰かの「どうぞ」という心遣いによって自分が恵みを受け取る、という経験を間接的に追体験することで、日常の中にある見えない親切や恵みに気づき、感謝する心を育むことに繋がります。
- 『はるかぜさんありがとう』 (作:神沢利子 / 絵:大友康夫 / 出版社:童心社) 春風さんが様々な場所を訪れ、花を咲かせたり、動物たちを起こしたり、凧揚げを手伝ったりする様子を描いた絵本です。自然の恵みである「春風」が、私たちの生活や周りの世界に多くの良い影響を与えていることに気づかせてくれます。このように、普段意識しない自然の力や、自分を取り巻く環境への感謝を育むきっかけとなります。
これらの絵本は、特別なイベントではなく、日常の中に焦点を当てることで、子供たちが身近な世界に対する感受性を高め、感謝の対象を広げる手助けとなります。
保育現場での具体的な実践
絵本を通じて日常への感謝を育むためには、単に読み聞かせるだけでなく、そこから広がる活動を展開することが重要です。
- 絵本の内容と日常を結びつける話し合い: 読み聞かせの後、「絵本の中に出てきた『せんたく』みたいに、みんなのおうちではどんな『当たり前のこと』をしているかな?」「どうぞのいすみたいに、誰かがみんなのためにしてくれたこと、何かあったかな?」などと問いかけ、子供たちの日常と絵本の内容を結びつける話し合いを行います。子供たちの発言に丁寧に耳を傾け、「〜してくれたんだね、それは嬉しいね」「〜があるから、△△できるんだね」といったように、感謝の視点が含まれるように言葉を返します。
- 「ありがとう」探し活動: 保育室や園庭、散歩の途中などで、「ありがとう」と思えることを見つける活動を行います。「このおもちゃがあるから、みんなで遊べるね、おもちゃさんありがとうかな?」「お外で元気に遊べるのは、お天気さんありがとう、かな?」など、具体的な物や現象に焦点を当てて声かけをします。子供たちが自分で「ありがとう」を見つけたら、それをみんなで共有し、褒めることで、ポジティブな経験と結びつけます。
- 五感を使った気づき: 給食の際に「美味しいご飯を作ってくれた人、ありがとう」「お野菜さん、育ててくれてありがとう」と声に出したり、園庭の土の感触、草木の匂い、鳥の声など、五感で感じるもの一つ一つに意識を向け、「気持ち良いね」「面白いね」といった感覚を言葉にする中で、それらが当たり前にある恵みであることに気づくように促します。
- 感謝の「見える化」: 感謝の気持ちを言葉だけでなく、絵に描いたり、簡単な工作(例:感謝のメッセージカード)にしたりして「見える化」します。例えば、「おうちの人に『ありがとう』を伝える絵を描こう」「おもちゃ箱に『いつもありがとう』の絵を貼ろう」など、具体的な対象への感謝を表現する機会を設けます。
これらの活動を通して、子供たちは日常の中に感謝すべきことがたくさんあることに気づき、感謝の気持ちを具体的な形で表現する経験を積むことができます。
保護者への提案に繋げる視点
保育者と保護者が連携して子供たちの感謝の心を育むことは、より効果的です。保護者に対して、家庭での日常の中で感謝を育むためのヒントを提供することが考えられます。
- 「今日のありがとう」の共有: 夕食時など、家族で集まる時間に「今日あった嬉しかったこと」「今日『ありがとう』と思ったこと」を一人ずつ話す時間を設けることを提案します。特別なことではなく、当たり前だと思っていることの中に潜む感謝(例:「〇〇が手伝ってくれてありがとう」「温かいお風呂に入れてありがとう」「美味しいご飯をありがとう」)に焦点を当てるように促します。
- 家事や手伝いの意味を伝える: 子供がお手伝いをした際に、「△△ちゃんが靴を並べてくれたから、みんなが気持ちよく過ごせるね、ありがとう」「ママがお洗濯してくれたから、綺麗な服が着られるね、ママありがとう」といったように、具体的な行動が誰かの役に立っていること、そしてそれが自分たちの快適な生活に繋がっていることを言葉にして伝えます。また、保護者自身の日常の営み(料理、洗濯、掃除など)が、家族みんなの「当たり前の幸せ」を支えていることを子供に伝えることも大切です。
- 絵本を囲んでの対話: 保育園で読んだ絵本を家庭でも一緒に読むことを勧め、絵本の内容について親子で話し合う機会を持つように提案します。「絵本の中の〇〇は、△△してもらった時どんな気持ちだったかな?」「もし、これがなかったらどうなるかな?」など、想像を膨らませながら対話することで、当たり前にあることへの気づきを深めます。
家庭でのこうした働きかけは、園での学びを深め、子供たちの日常全体を通して感謝の心を育むことに繋がります。
まとめ
日常の「当たり前」の中に潜む「小さな幸せ」や恵みに気づくことは、子供たちが感謝の心を育み、自己肯定感を高め、他者への思いやりを深めるための重要なステップです。絵本は、この気づきを促すための素晴らしい入り口となります。保育現場での具体的な活動や、保護者との連携を通して、子供たちが日々の生活の中で感謝の種を見つけ、大切に育んでいくことができるよう、継続的な関わりを行っていくことの意義は大きいと言えます。子供たちが「当たり前」だと思っている世界が、実は多くの恵みと支えに満ちていることに気づいたとき、彼らの心はより豊かに花開くことでしょう。